君が嘘をついた

 イイところを痛いほど刺激してくるのは何かと思ったら、指だった。
 まだロクに解されてもいないのに無理っぽく押し込んでくるものだから、深く抉るように何度も突き立てられるとわずかに吐き気と、激しい圧迫感が交互に襲ってくる。圧力を加えられるたびに体が硬直する感じが鬱陶しい。不躾な征服者を排除しようと、身体機能が必死で抵抗しているのだ。僕の意思とは無関係に。
 生成り色の壁を淡く照らしているナイトスタンドの光は黄色。テーブルの上には食べ散らかした夜食とウェルカムフルーツの残骸と、いまだに生き生きと上を向いているバラのブーケ。横には蓋が開きっぱなしの蒸留酒の瓶とグラスが転がっている。極めつけのベッドは天蓋つきのキングサイズ、寝具は純白、甘い花の香りつき。なーなーこれってまさしく新婚旅行のカップル仕様じゃね? 金髪がソファでふんぞり返る部屋に足を踏み入れた途端に目眩がした。ふざけるな、帰ると回れ右しそうになった。この部屋のしつらえを担当したここのホテルマンは、客室番号を別のどこかと勘違いしたんじゃないだろうか。
「恭弥、苦しそうだ」
 そう思うなら、さっさとやめれば。頭の中の思考は澱みないのに、言葉はぎこちなくぶつ切れになる。息が上がっているからだ。
 思ってもいない行動に出るのは、下半身だけではないようだった。ハッとした彼が動きを止めようとすると自分から腰を捩って留めるくせに、口の方は勝手に嫌味雑言憎まれ口をこれでもかと吐き出している。さて一体、どちらが本心なのだか。自分でもよくわからない。ここまで心と身体の反応がバラバラだとさぞ困るだろうなと、人ごとのように思って笑った。
「こっちは痛いだけか。ここは?」
 ゆるく大きく回しながら押しつけていた指を引いて、角度を変えてもう一度肌に触れ、違う場所に宛って小刻みに揺らし出す。咄嗟にやばいと思った。アタリだった。途端に腰の裏側に近いところから、重く痺れるような感覚が引きずり出されるのを自覚した。
「声は殺さなくていいぜ。むしろ、鳴いて?」
 バカじゃない。ころされたいの。
 間髪入れずに怒鳴り返したら、うれしそうにニヤつかれてしまった。ヤニ下がった気の抜けた笑顔は、お世辞にもイタリアンマフィアの頭を張っている男には見えない。ていうかホントその顔やめたほうがいいよ。バカっぽいから。
「うん。ココは気持ちよさそーだな。もうちょっと強くしてみるか」
 感極まった声が出ないように我慢するほうが辛かった。直撃だったからだ。自然に腰を浮かせて、まるでねだるようにゆるゆると上下に振ってしまう。膝から下を伸ばしたり曲げたりして感覚を散らそうとしても無駄だった。そのうち大きな手に脛をまとめて押さえつけられてしまったから、それもできなくなった。
「暴れるくらいすごくいい? 気持ちいーのか?」
 だから、いちいちそーゆうコトを訊くなっていうのがわからないのか。本当にあなたってヒトは、つい悪態を吐きたくなるようなことばかり言うね。いいとかよくないとかものすごく感じるとか、口で言えっていうの。
 無視して枕に顔を伏せていると、上から跨っていたイタリア男が体を脇へ退かせ、膝を曲げた片足を右へ、もう片方の膝も曲げさせて左へ左へと開かせる。露わになった足の付け根の裏に手のひらを当てて、ぐっぐっと力を入れて握り込んだ。
 このお遊びを承諾した時からある程度覚悟していたとはいえ、こんなコトをされたらさすがに抵抗しないわけにはいかなかった。なんて格好をさせる気だ。肉は薄そうだけれど上背だけは立派な男が、じゃあ、というように嬉々として足の間に座り込む。自分の膝を僕の腰の下に入れて持ち上げて支え、前方にぐっと乗り出してきた。内股に相手のナイトウェアの布地がもろに当たってヒヤリとした。すーすーする腰から下とは裏腹に、頭と顔は火照って熱い。火を噴きそうだ。
 これじゃまるで……
 ワオ、と脳天気な歓声が上がる。
「すげースーパー開脚ー。恭弥って体柔らかいよな。いろんなコトできそーだ」
 顔面を狙って蹴りを入れようと足を上げた瞬間、そのまま足首を捉えられた。
「していい? もっと、いろんなこと。絶対気持ちよくしてやるから」
 絶対なんて言葉を軽々しく使うのは反則だと思う。あなたが言うと本当みたいに聞こえるから。
「やだ。許さない」
 なけなしの気力を振り絞って言い返す。掴まれた足首の皮膚が灼けて、そこから爛れて溶けていきそうだった。
 


「……それで、このバカげた運動はいつ終わるの。だんだん飽きてきたんだけど」
「あと、膝の屈伸運動を10回でワンセット終了。飽きたっつってもな、ホントはこれをさらに3セット繰り返さないと効果ねーんだぞ。激しい運動じゃねーけどけっこう息上がるだろ。今みたいに全身を大きく四つくらいのパートに分けて先にストレッチして、部分ごとに筋肉を動かしてからマッサージするってのがいいらしい。適度な刺激で緊張させて、それからゆっくり丁寧に解す。基本だろ。ハイ文句言わずに足出して。揉んでやるよ」
「もう出してる。……さっきからあなたが掴んでるのはナニ」
「バレた?」
 ニヤリと笑って、勢いよく足を上に持ち上げられて、膝の裏を狙ってちゅっとキスされてしまった。そのままころんころんとベッドの上で好きに転がされて、それこそ頭のてっぺんから足の指先までくまなく触られた。何をする!と罵声を浴びせる勢いはもうなかった。とっくに「どうにでもしていい」という気になってしまっていたからだ。
 ディーノは思っていたよりずっとマッサージが巧かった。にわか仕込みにしてはかなり気持ちよかった。飽きてきたというのは、少し嘘。眠くなってきたことを知られたくなかっただけだ。
「どーだ。キャバッローネ専属トレーナー仕込みの、この指遣い。はまりそーじゃね?」
 あなたってやっぱり、救いようのないバカだよね。
 と、あっさり言い捨てたのも嘘。今度ここに来た時も、少しなら触らせてやってもいいかもしれない。たまには。ほんの少しくらいなら。
 もちろん、言ってなんかやらないけどね。

すみませんもうしません第二弾。お約束で。ゆ、勇気がなかったへなちょこはわたし。
ヒバリはTシャツに剥きだしトランクス姿。ディーノが丸め込んで剥いたようです。グッジョブ!