絆創膏

「恭弥!」
 専用キャンピングカーから降り立った恭弥はまだ眠そうな顔をしていた。
 昨夜は遅くまで対戦していたからな。特訓の最終日になって確かめておきたいことが出てきたから、少し無理をさせた。気力はじゅうぶんだが体力的に不安の残る恭弥が参ってなきゃいいんだが。
 オレはできるだけ明るい顔を作って恭弥を呼んだ。手に持った武器を差し出しながら。
「今日で修行は終わりだ。並盛へ帰るぞ!」
「……なに、これ」
「なにって。見りゃわかるだろ。トンファーだ」
「ふざけてるの。ころされたいの」
「これはオレからのご褒美だ。おまえが10日間死に物狂いでがんばった証っつーか」
「ていうか人の武器を勝手に改造しないでくれる」
「え。かっこよくねえ? 棘」
「……」
「ありがとうは、恭弥。せめてお疲れさまとか」
「死んで」
 恭弥が喜怒哀楽をあまり表に出さないのは、めずらしいコトじゃない。
 いつもぶっきらぼうに話すし視線を合わせないし、そういや人の名前をちゃんと呼んだ試しもない。その場にオレと恭弥しかいない状況でないと、返事をするにも迷うような呼びかけしかしないのだ。
「ねえ」
 恭弥がトンファーに目を落としながら呟く。
「これ使えばもっと強くなるの」
「名前呼べよ。今度から返事しねーぞ」
「ねえ、そこの外国人。ひとのこと勝手に連れ回して軟禁状態でさんざんいたぶった犯罪者。質問に答えて」
「おまえなあ……」
 ほらな。かっわいくねーっ。これよりかは少しはマシだけど、たいてい「あなた」とか適当に呼ばれていたからいい加減慣れちまったなあ、悲しいけど。
「そりゃおまえの使い方次第だろ。でもまあ、恭弥のマイナスになるよーなコトはしねーよ。オレを信じろ。それ使えばおまえはもっともっと強くなる」
「ふーん……」
 恭弥はしかめっ面で黙り込んだ。考えを巡らせながら、新しい形状になった武器を試す眇めつ眺めている。
「オレは一足先に並盛へ戻ってる。ちょっと気になることがあるからな。帰りは部下に送らせるから、おまえは今日いっぱい自主トレな。早くそいつに慣れておいたほうがいい」
 恭弥からの返事はない。こちらも期待していたわけではないので、言うべきことだけ言ってさっさと立ち去ろうとした。そのとき。
「ディーノ」
「え」
「まだお礼……言ってないよ」
 願望が聴かせた空耳かと。
 情けないが、思考がそこできれいに止まってしまった。コマ送りの映像を間近で見ているような錯覚があって……
 恭弥の顔がふいにぼやけた。
 ヒュン、と。
 一陣の風が頬を撫でていき、しばらくすると生あたたかいものが伝うのを感じた。そのあいだぼやけた恭弥の視線は動かなかった。近くも遠くもならずにそこにいる。と、恭弥が切れ長の瞳をすっと細めた。まぶしいのか、それとも笑っているのか判別がつかない。
「ホントだ……切れ味抜群だね」
 なるほど恭弥は笑ったのだ。ニヤリ、という音が聞こえそうなほど凶悪な顔をし、新しい武器をまるで長年使い慣れたもののように、見事な手並みで懐中にしまう。手品を見ているようだった。
「じゃあね。おつかれさま」
 すれ違う瞬間、花のような笑顔を見せて恭弥はスタスタと歩いていった。部下の一人が朝食ができたと呼んでいる。
 トンファーが頬をかすめて流れた血は首に届こうとしている。
「……あんの、ガキャ〜〜〜〜〜……」
 歯ぎしりしながら思わず拳を握るオレの目に、ため息を吐きながら絆創膏を持って飛んでくるロマーリオの姿が見えていた。

06年7月24日初出。ヒバリさんのトンファーにチャームがついた日(違)
記憶違いだったらパラレルか捏造ということで。(いい加減やなー!)