おふろDH

 恭弥は風呂好きだ。
 それは今に始まったことじゃなく、最初の出会いのとき以来ずっと変わっていない。ずいぶん前になるが、修行と称して恭弥を連れて日本全国を旅していた時など、その頑ななまでのきれい好きな一面に泣かされたものだった。
 あのときはかなりの設備を整えたキャンピングカーを仕立てて日本全国を回ったのだが、さすがにシャワーの用意まではできなかった。だから毎日風呂を確保するのが大問題で、たまにホテルのある町まで余裕で2時間かかるような場所で手合わせすることがあると、そういう場合はむしろ修行よりもどうにかしてシャワーだけでもさせてやれるように手配する方が実は大変だったりした。衛星電波をキャッチできる携帯電話がどれほど役に立ったことか。
 つき合い始めてからも恭弥の風呂好きに変わりはなく、ふたりきりのときでも暇があればバスに向かうし、体を重ねる雰囲気になったときに限って、いいムードをぶった切られて風呂に入ると主張されたのも一度や二度じゃなかった。なぜだと尋ねたらきれい好きだからとか、平然とのたまわれる。ホントかわいくねえったら!
 そりゃオレだって汚れたままするよりは、きれいな体で抱き合うほうが絶対いいに決まってる。だがそういうのとは別に男には今ほしい、とりあえず一回スッキリして、シャワーはそのあとでいいんじゃねえのみたいな、シャレにならないくらいせっぱ詰まってるときが、たまにはあるのだ。
 そういう背に腹は代えられない危機感というか、ゴメンすげー格好悪いけど待ってる余裕ないから、抱かせて、というのが恭弥にはまるっきり通じない。今日だってそうだ。
「先にシャワーしてくるから離して」
「やっぱりか……」
「なにその何か言いたげな顔」
「なにって」
 かなり本気入ったキスまでして、寝室まではオレが保ちそうにないからソファでいいかとまで考えていた矢先にこれだと、萎えはしないがかなり、くる。ガックリくる。
「今日はダメ。待てねえ。つうか待たねえ。オレから離れんな」
「なにがダメだって? ふざけてないで」
「行くな、……つってるだろ。聞こえてねえのか?」
 あまりにも恭弥が聞き分けないので少しムッとしたオレは、あることを思いついた。
「そんなに風呂が好きなら、今すぐ連れて行ってやる」
「なっ……バカディーノ、降ろせ……っ」
「聞こえねえな。つーか暴れんなよ。落としても知らないぜ」
 その場の勢いというか、単なる思いつきだったけれど、なかなか名案じゃねえか。暴れる恭弥の体を横抱きにすくって、居間を縦断して風呂場に向かう。こうなったらもう逃れられないとわかっていても恭弥はまだ暴れやめなくて、ホントに落とすぞと腕の力を緩めると、びっくりしたのか腕のなかの抵抗が一瞬弱まった。こちらに見せないように胸に顔を伏せながら、うらめしそうにブツブツ言う。
「あなたって、たまに、一日一回は本気で咬み殺したくなるよね……!」
「一日一回はたまって言わねーだろ!」
 暴れる隙を与えないよう横抱きにすくい上げてバスルームに飛び込み、そのままバスタブに放り込む。
「目つぶれよ。シャワーかけるぞ」
 服の上からぬるい湯をかけると、恭弥の頭から足の先までがたちまちずぶ濡れになった。目を覆い隠す前髪をうざったそうに何度か振って、両手で顔をごしごし拭っている。
「バカ、ディーノ……」
「どっちが」
 顔を傾けて近づけるとべつに嫌がりもせずに顎を上げる。髪をかき上げる細い指を絡めとって、そおっと脇へ退かせながら唇を重ねた。
「お望み通り風呂に入れてやるよ。オレが全部きれいに洗ってやる」
「ああそう。じゃあ任せたよ」
 強情だったひとが手足をゆったり投げ出して、頭をバスタブの縁に預ける。ハイどうぞと言わんばかりに。驚いたのはオレのほうだ。
「なんだそれ。オレが洗うのはオッケーなのか? イヤじゃねえのか」
 あんまりあっさりお許しが出たから、拍子抜けしたというか。
「いいよべつに。楽だし」
 恭弥はなんでそんなコトを聞かれるのかがわからない、という顔をしている。ますますわけがわからなくなった。
「なんでそんなに驚くのかがわからない。何か変なコト言った?」
「ヘン、じゃねーけど、おまえ極端に風呂好きだし、自分で洗わないと気がすまないのかと思ってた」
 恭弥が「はあ?」という顔で首を傾げる。
「特別に風呂が好きってわけじゃないよ。どちらかというと面倒かな。疲れるし」
「それならなんであんなに抵抗すんだよ!? さっきまでシャワーしなきゃヤダ、つってすげー抵抗したのは?」
「あなたすぐ舐めるから。汗いっぱいかいてても平気でぎゅってしたりとか。そんなコトさせられないだろ」
「え?」
 まんまとそこで思考が止まった。そりゃあ驚いたからだ。
「もしかして、恭弥の風呂好きって、オレのため……?」
「それ以外のなんだっていうの?」
 おそるおそる心に浮かんだ一言を口にする。すると間髪入れずにバッサリいかれた。ほんとうにこちらの落ち度に容赦がない。上がったり下がったり忙しすぎて頭がクラクラしてきた。
「わかったら、さっさと服脱がせてくれる。あなたがベタベタにしたから気持ち悪い」
 恭弥は何を今さらバカなことを……と目で言って、オレの目の前に両腕を無造作に差し出した。ふと思いついたように、
「当然髪も洗ってくれるんだよね? シャンプーが目に入ったらころすよ。上手にできたら……」
「できたら?」
 オレが訊くと、恭弥はまずはとっておきの笑顔をくれた。目を細めて唇を笑みのかたちにつり上げる。濡れた黒髪が頬に張りついて凶悪にかわいい。かわいすぎる。
 次につづく台詞がまた、いい。恭弥はやっぱこうでなくちゃな。
「自分できれいにしたトコ、ぜんぶ舐めていいよ。好きにすれば?」
 オレもにっこりと全開で微笑み返した。ありがとう、それじゃ遠慮なくいただきます、の意味をたっぷり込めて。
「了解。心を込めてすみずみまで洗わせていただきます・」
 油断している恭弥の両手首をまとめて片手で握り込み、もう片方の手で、手始めに湯のしたたり落ちた胸のうえをさっと撫でる。小さな突起にわざと指がかかるように。そこから先の力加減には慣れてるから自信がある。恭弥の好きなさわられ方も知ってるし。
「え? ちょっと、ディーノ……っ、ぁっ……」
 非難混じりの慌てる声を無視して、手のひらを広く使ってさらにつよく乳首を転がすと、恭弥の口から、ひ、という、ため息とは言い難いヤラしい音がもれた。
 声も顔も、何もかもえろすぎるって恭弥……。
「せっけんつけたほうが滑りがいいよな、ちょっと、待って……ほら、な?」
「ふぁ、あ、ぁ、……この、バカ、ディーノっ……!」
 悔しそうに睨むひとをなだめるためにキスをする。半分は自分のために。あんまりまじまじ顔を見られるとやばいから。
 余裕綽々のつもりだったけど、恭弥の反応の良さにちょっとクラッときたのは秘密だぜ。

ただのバカップル。気に入ってるので拍手お礼より再録。タイトルまでがバ……