per scherzo

「ったく毎年のこととはいえ、この車の多さは何とかならねえのかよ……」
 黄金週間と呼ばれる大型連休の最終日。ディーノはうんざりするほどの渋滞の中を、並盛中に向けて車を走らせていた。
 コンパネのデジタル時計の数字は午後二時半。迎えに行くと約束した時間まで三十分を切っている。余裕を持って取引先と別れたつもりがギリギリになりそうだ。学校の近くまで行けば道が空くのはわかっているけれど、ディーノを苛立たせているのは混んだ道とロー・ギアの所為ばかりではなかった。運悪く来日直前に日本での仕事が入ってしまい、今年こそ朝から一緒に過ごすという長年の希望はまたも叶えられなかった。また一年お預けかと思うと不機嫌にもなる。それに──。
 時計の表示は刻一刻と残り時間を減らしている。残された猶予は二十六分。……二十五分になった。
「やっべー。遅刻したら待っててくれねーだろうな」
 そうでなくても、待ち合わせの相手は気まぐれで気難しい人なのだ。少しでも遅れようものなら冷たい目ですげなく帰れと言われるか、それすらもなく迎えの車を待たずにとっくに帰宅しているかのどちらかだろう。
「……ん?」
 青信号になっても一向に進んでいる気がしない車の列に焦れながらふと沿道を見ると、ヨーロッパ風の洒落た店先が目に入った。花屋だった。前回来日した時にはなかったから、最近開店したのだろうか。春を彩る花々が種類ごとにブリキのバケツに分けられ、間口の狭い店内はおろか道にまではみ出して飾られている。その中のひとつに目が留まった。花弁が纏う薄紫が凛とした姿の彼の人を連想させる。近くに寄らなくても甘い香りが漂ってきそうな、見事な大輪だった。
「あいつ、花なんか喜ぶかな?」
 しばらく迷ったが、手ぶらで迎えに行くよりはいい。
 ディーノはもう一度時計を見やり、頭の中で残り時間を素早く計算すると、左側に車を寄せるために大きくハンドルを切った。

* * *

「──連休中に起きた乱闘、カツアゲ、その他に起こった事件の報告は以上です。本日分を含め、明日四時に同応接室にて最終報告を──」
 ヒバリはその時、応接室の机に頬杖をついて外を見ていた。
 原色の絵の具を大きな筆で伸ばしたような空が広がっている。風は暖かい。連休最後の日としては上等だろう。無意味に群れる輩がさぞ多いに違いない。
「つきましては本日午後十二時より、各隊五名ずつに別れて見回りを実施する予定でありますが──」
 昨日も同じようにいい天気だった。けれどこちらの休日に合わせて来日した人が空港に着いたのは午後の遅い時間で、それから会いに行ったから、結局ホテルの部屋を一歩も出ないまま終わった。数ヶ月ぶりの再会だった。
 昨日は会ってすぐに二人きりで部屋に籠もって、今朝までずっと人に言えない過ごし方をした。せめて食事くらいは外でしようというディーノの意見を頑として聞き入れなかったのはヒバリのほうだ。
 かといってヒバリは、今日のことなど初めから全く念頭になかった。
 元々それほどその日に拘りがあるわけでもない。
 祝日で学校が休みだからかろうじて憶えているのにすぎないのであって、これがただの平日だったらきっとすっかり忘れ去っていただろう。一週間前にたまたまディーノから電話があって、日本の連休に合わせてスケジュールを調整したから会いたいと言われ、わかったと言って電話を切ってからやっと気づいたくらいだった。わざわざ電話をかけ直してまで言うほどのことでもない、会った時に言えばいいと思いながらそのままになった。
 遠慮しているわけではないし、もちろんそれをディーノに知られるのが嫌なわけでもない。その日がいつかと尋ねられれば、何の関わりもない他校生にでも普通に答える。だからなぜそんな大事なことを当日ぎりぎりまで教えなかったのかと言われて、「言い忘れていたから」とヒバリが答えたのは全く本心からだった。
 ただそれだけのことなのに、なぜそんなに不思議がるのかがわからない。呆気にとられて言葉を失ったディーノの顔を朝から何度も思い出して、その度に込み上げる苦笑をこらえるのにどれほど苦労したことか。
「──と、このような順路で巡回予定ですが、いかがですか委員長」
 本当に、ヒバリにとっては今日などあってもなくてもどちらでもいいのだ。この世に存在する限り誰にでも必ずあることだし、ことさら特別のことのように騒ぎ立てて食事だなんだと連れ回されるより、ホテルに閉じこもって互いを好きなだけ独占しあえるほうがよほどいい。
 昨夜はディーノの首に刻まれた髑髏に何度咬みついただろう。夜中につけた傷が朝方にはうっすら痣になっていたから、一度や二度ではなかったように思う。それぐらい咬んだ。それほど近くにいたという証だ。
「委員長?」
 ──知らぬ間に気が逸れていた。
 大きめの声で呼ばれてヒバリが顔を上げると、目の前に副委員長の草壁が立っていた。
「なに?」
「いや、聞こえていらっしゃるかどうかわからなかったもので。大きな声を出してすみません」
「かまわない。少しぼんやりしてた」
「これが連休中の中間報告書です」
 草壁は意外そうに目を丸くしたが、ヒバリの様子については何も言わずに書類を差し出した。ヒバリはホッチキスでまとめられた数枚の紙の束を受け取って、大きな文字で書かれた表題にざっと目を通した。
 ほとんど手を止めずに最後のページをめくり終え、書類をまとめて机の上に放る。
「これで全部?」
「そうです」
「なら最初からもう一度、全部読み上げてくれる」
「……は?」
 ため息をつきたい気分だった。読むだけ無駄だ。文字が全然頭に入ってこない。草壁がぽかんと口を開けてヒバリを見ていた。意味がわからないという顔だ。
「聞いてなかったって言ってるんだよ。もう一度読んで。次は聞いておく」
「──珍しいですね。お疲れですか?」
 再度の報告を終え、草壁が遠慮がちに尋ねた。うわの空だったことを非難する口調ではないが、不審に思っているのがありありとわかる。
 怪訝に思われるのも無理はない。定期報告を受ける時にヒバリがあらぬ方向を向いていることはしょっちゅうだが、報告を聞き逃したことは一度もなかった。
 ディーノといると、どうも調子を狂わされて困る。
「よければ巡回は我々に任せて、ここか保健室で横になってくださっていいですよ。予定の巡回が終わり次第、報告がてら起こしに行きますから。今日は連休の最終日ですし、委員長のお手を煩わせるまでもないでしょう」
「よけいな気を回さなくてもいいよ。報告がこれで終わりならすぐに出る。最後の休みだからって、いつもより浮かれてる群れがいないとも限らない。せっかくの標的を逃したくないからね」
「さすがは雲雀さんだ。そんじゃ、いっちょ派手に行きますか」
 ヒバリがぴしりと言うと、草壁は了解の印に唇を少し歪ませて応えた。

* * *

 ディーノが運転するフェラーリは、三時ジャストに閑散とした学校の駐車場にすべり込んだ。平日なら教師や出入り業者の営業車でいっぱいの空間が、今日はがらんとしている。目立つ外車を駐めるのに気を使わなくてすむのはありがたい。
 車から降りて校舎を見ると、そちらも全くと言っていいほど人気がなかった。休日だから当然だ。校舎を隔てた反対側にグラウンドがあり、風に乗ってぼんやりと声が聞こえている。クラブ活動中の生徒たちの声だろう。
「恭弥を迎えに行ってくる。そのまま出かけるから待ってなくていいぜ。ひさしぶりの日本だ。お前らも少しは羽を伸ばせよ」
 自分に続いて隣に並んだ車を覗いて声を掛け、ディーノは急ごしらえの花束を抱えてひとりで校内に向かった。背後から笑いをこらえた声が掛かる。
「ひとりで大丈夫か、ボス?」
「どーいう意味だよっ」
 並盛中の応接室には以前にも行ったことがあり、部屋の位置ははっきり憶えている。初めてヒバリと出会った場所だ。忘れるわけがない。ボンゴレリング争奪戦のために雲の守護者候補を特訓することが決まってヒバリに会いに行き、その後も数え切れないほど何度も通った。学校までヒバリを迎えに来る時にまず最初に覗く部屋と言えば、そこ以外にない。
 生徒用の下駄箱が並ぶ裏玄関を過ぎ、右手の階段を三階まで上がって、三年生の教室が並ぶ廊下を右手に見ながら反対方向へ進むと、すぐに目指す部屋に着いた。『応接室』と書かれた札を一応確認する。
「──あれ?」
 ディーノは扉の前で立ち止まった。不吉な予感はするのは本日二回目だ。
「恭弥、いるか?」
 勢いをつけて引き戸を開く。
 ──誰もいない。
「あんのヤロー……またやりやがった」
 ディーノは苦笑して、音にならないため息をついた。
 殺風景な教室をまっすぐ突き抜け、裏門に面した窓に近づいて外を見下ろす。部下の車が駐車場を出ていこうとするところだった。もちろんヒバリの姿はない。
「さて、じゃー気合い入れて探すか」
 ゲームの始まりだ。

* * *

 町内の巡回から戻ると、約束の時間を10分ほど過ぎていた。他の委員に後を任せて学校に戻ろうかと思っていた矢先に、目障りな上に無駄に好戦的な不良連中とばったり出会してしまい、それを処理していたために時間がかかってしまった。数分で片がついたものの、余計な時間を食ったことに変わりはなく、ここに戻るのが少し遅れてしまった。
 ヒバリは裏門を通り抜け、まっすぐ校舎へと向かった。駐車場の脇を足早に通り過ぎる。
「あの車は……」
 見覚えのある外車が停車しているのに気づいた。これ以上はないほど目立つフェラーリの赤。ディーノの車だ。
 近づいて中を覗くと運転席は空だった。ディーノはすでに応接室で待っているのだろうか。それとも待ちくたびれて缶ジュースでも買いに行っているか。
 しばらく考えて、ふと思いついた。
 ここで彼が来るのを待ってみようか。
 教室まで行けば会えるだろうというのは何となくわかっている。だからヒバリにしてみれば、この思いつきはほんの気まぐれにすぎなかった。誰かをあてもなく待つというのが自分にできるかどうか、急に試してみたくなった。
 けれどもまさか彼が大事にしている車のボンネットに座るわけにはいかず、もちろんヒバリはキーを持っていないから中に入ることもできない。
 仕方なくヒバリは車体の低い車の陰に隠れるように、地面に腰を降ろした。行儀が悪いけれどやってみれば思いのほか具合がよかった。きつい日射しもこれなら楽に避けられる。
 まぶしさを堪えて顔を上げると、駐車場の正面から応接室の窓が見えた。それがここで彼を待とうと決めた理由だ。今のところ、太陽が反射して白っぽく光る窓の向こうにディーノの姿は見えない。そもそも本当にあそこで待っているかどうかもわからないのだ。いつまで待てばいいのか見当もつかない。
 似ているな、と思った。指輪争奪戦終了から昨日までの日々と。
 ディーノがイタリアに帰ってから、次にいつ会おうかという約束もないまま離れて過ごした。電話は毎日のようにあったし、その度に赤面するようなことをたくさん言われた。マフィア組織のトップという生業に似合わず、きまじめで誠実な人なのだと思う。
 それでも心の底にくすぶる不安は消えなかった。不安というより、本当にこのまま彼との関係を続けていけるのかがどうしても見えなくて不満だった。これだというはっきりした形のない、曖昧なものは苦手なのだ。体だけの関係ならまだしも理解できる。セックスという行為には明確な始まりがあり、のぼりつめていく過程があって必ず終わりが来る。それだけならよかった。目に見えるものの奥に、目を凝らしても容易には見えないものが潜んでいるからややこしいのだ。
 風が吹くと五月の汗ばむ陽気が少しだが薄まる気がする。それに手持ち無沙汰の憂鬱な気分も少し和らぐ。ヒバリはちらりと、ふたたび応接室の窓を窺った。窓の内側に人影はない。やはりあそこにはいないのだろうか。
 姿の見えない人を待つのは好きじゃない。なのに腰を上げてここを立ち去る気にはならない。人のいる気配のない応接室の窓を何度となく見ては、その度に何となく胸がざわつくのが不思議だった。心が浮き立つというのは、こういう気持ちのことを言うのだろうか。

* * *

 目指す人が不在の部屋を早々に離れ、ディーノはまず屋上へと向かった。ヒバリとディーノが初めて対戦した場所。誰にも邪魔されず心おきなく闘ったのが、まるで昨日のことのようだ。やがて募らせた特別な思いを告げたのもここだった。
 五階建ての建物の最上階をさらに上へ。薄暗い階段を上りきって最果てのような鉄の扉を押し開ける。ぎい、という錆びついた音とともに風の音よりは歌声に近い歓声が聞こえた。並盛中の運動部の中には県大会などで好成績を上げている部が多くあり、休日も欠かさず練習しているクラブがたくさんあるのだ。柵に近づいて下を見下ろすと、声の出所は野球部だった。
 ディーノはこういう情景をよく知っている。建物の陰に隠れて、ヒバリとここで何度か唇を交わした。その時いつでも、あの独特のかけ声がどこからか聞こえていた。キスに夢中になるにつれ、外の喧噪が少しずつ互いの息遣いに消されていき、しばらくすると何も聞こえなくなるのだと言ったヒバリの声まで思い出せる。
 身を乗り出して、いるはずのない顔を探した。ヒバリのひとつ下の後輩で、ツナと同級生だった少年だ。彼は後の雨のリング守護者だった。飄々とした性格でディーノともよく気が合った。イタリアの自宅に招いたこともある。今も日本にいるはずだが元気だろうか。
「ユニフォーム着て野球帽かぶってると、みんな山本に見えるな。……っと、何やってんだオレ」
 ほんの一瞬気が逸れたが、すぐに我に返った。のんびり思い出に浸っている場合じゃない。ヒバリを捜さなくては。

* * *

 いつのまにか眠ってしまっていた。陽が翳り始めたのか肌寒さを感じて、ヒバリはようやく今自分がどこにいるのかを思い出した。
 フェラーリの車体を背もたれにして、ぼんやり目を開けて周囲を見回す。ずいぶん待ったように思ったが、そうでもないのかもしれない。外はまだ明るく、日が暮れ始めている感じはしなかった。けれども腕時計を見ると、ここで彼を待ち始めてから1時間経っていた。
「どこに行ってるんだろ。……迷ってる?」
 血相を変えて校舎内を走り回る人の姿が浮かんで、思わず苦笑が漏れた。部下がいないと使えない人だというのは薄々気づいていたけれど、方向音痴だとは思わなかった。それとも──いるはずの教室にいないことがわかって、早々に諦めて帰ってしまったか。
 そんなはずはない。車はここにある。彼は来る。必ずこの場所へ。自分の元へ。そう何度も言い聞かせている自分に気づいた。彼の気持ちを受け入れた時に、彼を信じようと決めたのだ。
 ヒバリはため息をつき、もう一度ゆっくり目を瞑った。

* * *

 応接室以外でヒバリがいそうな場所といえば、まず思い出すのは屋上だ。その次に思いつくのは保健室。自分のクラス。そう言えばある年は、ディーノが行ったことのない特別教室にいたことがあった。あれはさすがに見つけるのに苦労した。ひとつひとつしらみつぶしに教室を覗いて、やっとのことで会えたのだ。
 もしも校舎内にいないとすれば……やはり、あそこだろうか。この悪戯が始まったあの日。あの時ヒバリがいた場所。
「けっこう時間経っちまってるしな。これ以上遅くなったらホントに殺されちまう」
 考える時間が惜しい。ディーノは走り出した。元来た道を逆に辿って、五階…四階、三階の応接室をもう一度覗いてヒバリがいないことを確かめ、後は脇目も振らずに一階まで駆け下りる。玄関を目指してひたすら走った。下駄箱を横目で見ながら表に飛び出すと、すぐ目の前は駐車場だ。自分の乗ってきた車がそこに停まっている。ヒバリはいない。ディーノは思わず舌打ちをして、フェラーリの向こうへ飛ぶように回り込んだ。

* * *

 しばらくの間うとうとしては目を開けて、また眠りに落ちるというのを何度か繰り返した。やがて夢と現実の境目がわからなくなり、ふと気がつくとヒバリは夢の中でもディーノを待ってどこかに蹲っていた。
 何度目かに目が覚めると、辺りは本当に真っ暗になっていた。そしていつのまにかヒバリは地面に横たわっていた。冷たい。そして暗い。そうか、見つけてもらえなかったのだな、とぼんやり思った。がっかりするのと同時にまた眠気が襲ってきた。深い闇に飲み込まれていくようだった。
「──」
 誰かの声が聞こえた気がして、ヒバリの意識がまた少し明るくなる。おそるおそる瞼を上げると、晴れた空を少しだけ隠す大きな樹木の間から、きらきらと光が漏れているのが見えた。声は反対側のグラウンドから聞こえていた。サッカー部か野球部か。いずれにしてもここからは見えない。
(夢か……)
 まだ陽は高い。暗闇が訪れたのは夢だった。夢の中でも待っていた。そのことに自分で驚いた。
「いたっ! やっと見つけた!」
 突然聞こえた大声に、今度こそ飛び起きた。心臓がどきどきして目が眩んだ。
 ──息を切らして駆け寄ってくるのが誰なのか一瞬思い出せなくて、手探りで使い慣れた武器を探したことを思い出した。
「このやろー今年もめちゃくちゃ探し回ったぜ!」
 違う、あの時ディーノはもっとへとへとで、声を出すのがやっとだったはずだ。
『やっと見つけた。会えてよかった……会いたかった』
 ぼうっとしたまま抱きしめられて、息が苦しくて仕方なくて、仕返しにぎゅうっと抱き返したことも。それから抱き上げられて車に乗せられ、翌朝までホテルの部屋に閉じ込められたことも。ひとつ残らず憶えている。忘れられるわけがなかった。ディーノも同じだろうか。
 今日は急にディーノが目の前に現れても、驚きはなかった。ヒバリは眠っていなかったから、騒がしい足音と声はずっと聞こえていた。
「遅いよ」
 夢から覚めると目の前に彼がいた。あの時の胸が押し上げられるような甘ったるい痛みを忘れたくなくて、ヒバリは毎年この日になると子供じみた悪戯を繰り返すようになった。この日だからというのではなく、その悪戯を思いついたのがたまたま今日だった。それだけのこと。けれどあの日ディーノがヒバリを見つけてくれたから、今日が特別の日になった。あの日、この場所から始まった他愛のない悪戯は、毎年一度だけ、あれから数年たった今も変わらず続いている。
 ディーノがヒバリの前に立つと、明るい日射しが遮られてコンクリートの地面に短い影が落ちる。肩で息をしてへなへなとしゃがみ込む人に笑いかけると、恨めしそうな目でじろりと睨まれた。
「今年はここじゃねーかって、何となく予感はしてたんだけどな。念のために学校中走り回ってきた。疲れたぁー」
 ディーノが金髪をバサバサと振り、これ見よがしに肩を落とした。あ、と間抜けな声を上げて、手に持っていた大きな花束をヒバリの鼻先に突きつける。
「やるよ」
「これは?」
「プレゼント。来る途中の花屋で見つけた。お前に似合うと思って」
 そう、とだけあっさり言ってヒバリは花束を受け取ると、紫のアイリスをじっと見下ろした。突き返さないのは素直にうれしいから。ディーノはわかっているはずだ。
「ところで今年はものすごく遅かった。待ちくたびれたよ」
「すぐに見つけたらつまんねーだろ。お前はオレを走り回らせたいだけなんだろ?」
 ヒバリがくすりと笑みを洩らす。
「違う。あなたに見つけてほしいだけだよ」
「うーわ甘えてる。お前今、すげーかわいい顔してるのわかってるか? 誰かに見せてやりたいくらいだぜ」
「そんなことをしたら咬み殺すよ」
 つれない台詞を吐いてヒバリが腕を伸ばす。ディーノがその手を取ると、やんわり握り返して微笑んだ。
「いつものお決まりの台詞がまだだけど」
 わかってる、とばかりに、ディーノがにやりとした。
「……やっと見つけた。会いたかったぜ」
「それから?」
「誕生日おめでとう」
「それはいらない」
「愛してる」
「ワンパターンだね」
「言わせたいくせに」
 一年に一度だけ特別な日を言い訳にして、思いきりディーノに甘えてみるのも悪くないと知ったのは、まだほんの子供の頃だった。次に悪戯を仕掛けるのはまた来年。いつまで続くのかは誰も知らない。
「さて、じゃあ行こうか」
「どこへ?」
「あの時みたいに、二人きりになれるところへだよ」
 ディーノを支えにして立ち上がる。ヒバリはディーノの首に腕を回して抱きしめると、頬に軽くキスして歩き出した。

おおきくなってもわがままっこ。Buon compleanno,Kyoya!