なつやすみ。アフター/ベッドルーム編

ひたすら18禁 ひるまず読む

 エレベーターの扉が開く直前まで重ねていた唇が離れると、ヒバリは途端に肌寒さを感じて浴衣の襟元をかき合わせた。身震いをするのを悟られないように一歩下がって、ディーノの後についてエレベーターを降りた。
 ディーノが振り返って声をかける。
「すまん恭弥。ちょっと先に行っててくれるか」
 時間がかかるから部屋で待っていろということらしい。わかったと返事をする間もなく、ディーノは出迎えた部下と話しながらヒバリのそばを離れていった。
 近くにいた別の黒服にドアを開けてもらい、ヒバリは祭りに出かける前に大騒ぎしてディーノに浴衣を着付けたのと同じ部屋に入った。
 部屋を出る前と同じく、入り口の正面に広がる窓のカーテンは開いたままだった。ガラスの向こうには真夜中の空が広がっている。外で見ると空にはたくさんの星が出ていたのに、室内からはほとんど見えなかった。
 黒い幕を張り巡らしたような背景の中に、黒地の浴衣をまとった自分の姿がぼうっと映り込んでいる。もう何度も通っていて、第二の自室のようにくつろげる部屋が、今は見知らぬ他人の家に迷い込んだみたいだった。どこに座っていいかもわからなくて、部屋の中をぐるっと見回してみる。ヒバリはとぼとぼと居間に入り、部屋の隅に置かれたスタンドのフードの下に手を翳した。控えめな光がぽつりと点る。するとその一角だけが息を吹き返したように、止まっていた時間がふたたび動き出した。
 背中を伝う寒々しさは増すばかりだ。広い室内は空調が完璧にコントロールされているから、寒いと感じるのは実際の室温のせいではないのだろうなと、ぼんやりした頭でヒバリは思った。
 祭りの喧噪の中をくぐるあいだも、ホテルに帰る道の途中もほとんどずっと離れずに、ディーノと寄り添うようにして歩いた。意識して歩調を合わせ、ときどき手を握りあった。他人と手をつないで歩くなんて、ヒバリにとっては生まれて初めての経験だった。顔見知りの後輩たちと会ったときはさすがにどうしようかと焦ったけれど、全然いやじゃなかった。ほんの少し照れくさかった──それぐらいのこと。
 しばらくして玄関の扉が開く音がしてディーノが顔をのぞかせるまで、ヒバリは部屋の隅に所在なく佇んでいた。廊下の向こうから誰かの話し声が聞こえると、ヒバリの足は自然に動いて廊下を逆戻りしていた。
「悪い、待たせたな。……っと、どうした?」
 わざわざ扉の前で出迎えるなんて、めずらしいことをするから驚かせたか。
 それとも、自分はそんなにも頼りない顔をしているんだろうか。ヒバリがふとそんな不安に駆られるほど、ディーノは戸惑った様子でその場に足を止めた。
「恭弥?」
 やさしく名前を呼ばれたけれど、返事をしようとすると声が出なかった。ディーノの顔を見たとたんに心臓が踊り出して、ヒバリは一瞬、目の前が暗くなるほどの強いめまいを感じて立ち止まった。
「どうしてそんなとこにいんだよ。中で待ってろって言ったろ」
 ディーノが不思議そうな顔で近寄ってくる。腕を伸ばすと、すぐにとらえられて引き寄せられた。ヒバリがふらりと前に倒れ込むと、あたりまえのようにしっかり抱き留めてくれる。しがみつくと、さらにきつく抱かれた。
 いつになく甘えたい気分になっているのは、さっきエレベーターの中でさんざん悪戯されて、とっくにその気にさせられていたから、だろうか?
 ──ちがうな。と、ディーノの広い胸板の感触を確かめながら、ヒバリは思った。いつもと違う夜の雰囲気に酔って羽目を外したいなら、それらしい誘い方は他にいくらでもある。けれどもいま自分が感じているのは、そういう浮ついた感情とは違うもののような気がする。並盛の祭りを見てみたいと言い出したディーノに黙ってつき合ったのも、自分がそうしたいと思ったからだった。なんの変哲もない、小さな町で毎年開かれる夏祭り──そこにはヒバリにとって、はっきりと思い出せる子供の頃からのいくつかの記憶のほかに、目に見えない大事なものが詰まっている。
 と、思い出しようにディーノが腕の力をゆるめた。
 ヒバリの耳元に顔を寄せてそっと呟く。
「汗かいてるから……すぐに、風呂に入ろうか」
 ディーノがすぐに、の部分をことさら強調するように囁いた。それほどは待てない、一秒でも早くほしいと訴えているのだとすぐに察した。こちらも当然そのつもりでここまで来たのだし、だから拒む理由はないのだが、気づくとヒバリは夢中で首を横に振っていた。
「いやなのか?」
 ディーノが声を曇らせる。ちがう、そうじゃないと言いたいけれど、やはり声にならない。ヒバリは声を詰まらせながらゆっくりと言った。
「いい……このままで。このまま、すぐに、して」
 今自分が感じている気持ちを、もっとわかりやすい、はっきりした言葉でディーノに伝えたかった。なのに言えない。
 あなたがすき。これ以上簡単な言葉はないのに。
「すぐにってことは、ここでしてもいいってことか」
 そのつもりで言ったのだけれど、すかさずそう訊ねられと答えに詰まってしまう。前言を撤回するなら今しかない。けれども、喉まで出かかった言葉を吸い取るように唇を何度か甘噛みされて、ヒバリは頭がぼうっとしてしまい、ものを考えるのが急に億劫になった。
「言えよ恭弥。ここでしたい? 今すぐ?」
 ディーノがニヤリとしながら、いじわるく急かしてくる。
「早く答えないと、ホントにここで襲うぜ?」
「……いいよ。ここで、しようよ」
 声が震えなかったのは幸いだった。からかい半分で訊ねたディーノは、思いがけないヒバリの返答に目を瞠って絶句している。無理もない。ディーノ以上に、そう言った本人がいちばん驚いているのだから。ふたりが立っているのは玄関から居間に通じる通路だ。普段のヒバリならばこんなところで立ったままするなんて考えもつかないし、実際まっぴらだった。
 なのに今夜は──。頭がどうかしてしまったんだろうか。
「場所、なんて……どうでもいい。はやく、して」
 言葉を濁さないよう、慎重に一語ずつ区切って言う。そのたびにヒバリのこめかみにぴりぴりと電流が走った。心臓は口から飛び出しそうになっていて、これ以上口を開くと声がうわずってしまいそうだった。かすかに笑みを浮かべるディーノと目が合うと、頬に火が点いたかと思うほど熱くなった。
「つれない恭弥もかわいいけど……おそろしく素直な恭弥って、すげえぐっとくるな。色っぽい」
「……なにを、言って……っ」
「おっと怒るなって。それに、逃がさない」
 いきなりヒバリの顎をつかんだかと思うと、ディーノが壁に手をついて身を屈め、上から覆い被さってきた。互いの顔と顔がどきりとするほど近くなる。相手の力が強いのと距離が近すぎるせいで、目を逸らすこともできずにヒバリは小さく息を飲んだ。
「いつもがっつくなって怒るのは恭弥だろ。だから今夜は、祭りに連れていってくれた礼に紳士的にいこうと思ってたのに。いきなりそんなかわいいこと言われたら、オレは遠慮しないぜ?」
 ふざけているならまだしも、念を押すように目を見つめて真顔でそんなことを言われたら、なにも言い返せなくなってしまう。ついさっきまではいつも通りのほほんとしていたのに、いきなり豹変したディーノの迫力に圧倒される。
「かわいいとか、そういうこと、言うな……っ」
「ん、わかった……から、もう黙れよ」
 ディーノがふわりと笑い、また少し距離が縮まる。
 ヒバリは目を閉じて、顔をゆっくりと斜めに傾けた。
 すぐに触れるかと思ったくちびるはなかなか降りてこない。完全に重なる前に一拍置いて、その瞬間を少し遅らせるのが彼の癖なのだ。焦らされているような、頂点に達するまでの長く甘美な緊張に耐えられなくて、ヒバリはいつも直前で胸が苦しくなってしまう。
 空いた片手の指が震え、それを隠すためにヒバリはディーノの浴衣の胸をぎゅっと握った。
「んっ、……や、」
 ヒバリの最後のささやかな抵抗は、言い終わらないうちに強引な唇に飲み込まれていった。


◇ ◇


 背後の壁に細い身体を押しつけると、固い壁面に押し戻されたヒバリの背がゆるやかな弧を描いた。何が不安なのか、いつもは相手のなすがままにされるのをなにより嫌うひとがしっかり瞼を閉じたまま、手探りでディーノの肩をつかもうとする。その手を横からさらって指を絡ませると、ヒバリはディーノが思いもかけない強い力で手を握り返してきた。
 壁にぶつかる衝撃できっちり合わせていた襟がはだけて、ヒバリの深くくぼんだ鎖骨が見え隠れしている。ディーノはヒバリが纏う濃色の浴衣地と、透明に近い肌色との鮮やかなコントラストに目を奪われた。しばらくのあいだ目が離せなくて、どうにかそこから視線を引きはがすと、あかるい光源をまともに見つめたときのように目の奥がずきずきと痛んだ。目の毒とはこういう光景を指すのだ。ヒバリが目を瞑っていてよかった。できれば、こんな無意識の仕業にすら簡単に煽られてしまう自分を悟らせたくはない。
 驚かさないよう、ディーノはヒバリの肩口にゆっくり顔を近づけた。くっきりと盛り上がる華奢な骨格にくちづけて、舌でそっとなぞると、くすぐったいのかヒバリがわずかに身を捩った。ディーノの浴衣をつかむ指に力が入る。
「……あ、……っ」
 声を上げ、ヒバリの体が壁伝いにずるりと崩れた。ディーノがすかさず腰を支え、そのまま床に崩れ落ちるのだけはどうにか防げた。ホッと息をつく。
「危ねえな。大丈夫か?」
「だめ……膝に、力が……はいらない」
 ヒバリが呟くように言って、苦しそうに眉を顰めた。これぐらいの接触には慣れっこのはずのひとが、早くも息を乱している。
「支えてやるから、壁にもたれて楽にしておけよ。足……もう少し開いて」
 意識が朦朧としているのか、ディーノの手が裾を割って中にもぐり込んでもヒバリは抵抗しなかった。背中に手を回して帯を解いてやることもできたが、胸の前の打ち合わせを軽く引き出してゆるめるだけにする。
 裾の重なりの片方をめくると、丸く小さな膝頭がすぐに現れた。
 衝動的にそこに咬みつきたくなるのを、すんでのところでぐっとこらえる。
 不必要に傷つけたくはないし、そうすることで自分が意図しているよりも性急に、強引に事を進めてしまいそうな気がしたからだ。
 さらに奥に目を向けると、腕よりもさらに白さの際立つ腿の内側までが視界に入った。洋服と違い日本の着物というのは、つけ込む隙のありすぎるあぶない衣服だとつくづく思う。ディーノは諦めにも似た思いで、ひそかにため息を吐いた。口ほどにもない。情けないが、そう長くは保ちこたえられそうになかった。
「ちょっとだけ我慢して、しっかり立ってろよ」
 ディーノは早口で言うと、素早く膝を折ってヒバリの正面にうずくまった。
 乱れた裾をつかんで大きく両側に開く。
 目の粗い薄布をそのまま上の方までたくし上げ、隙だらけのヒバリの両膝のあいだにゆっくりと顔を寄せる。ふくらはぎから膝裏に沿って舐めあげると、ヒバリがぴくりと反応した。無意識に腰を引き、ディーノの頭ごと膝を閉じようともがいた。
「だめだ。少しじっとしてろ」
 ディーノが手のひらに収まる膝を軽く叩いて、ヒバリの意識を自分のほうへと引きつける。顔を上げると、ヒバリはすがるような目で見下ろしてきた。目線を合わせたまま下着に手をかけて一気に下ろす。途端にヒバリは泣きそうになって、慌てた様子で顔を背けてしまった。
 さすがのディーノもこれには苦笑するしかなかった。ヒバリが素直なのは願ってもないことだが、あまりにも素直すぎると勝手が違って、加減がわからなくなってしまいそうだ。ヒバリが従順であればあるほど、もっと恥ずかしがることをして、声を上げさせて、乱れさせてみたくなる。真剣に、やばい。
 泣くかもな、泣いたらどうするかな、とぼんやり思いながら、ディーノは目の前で揺れているヒバリの先端を口に含んだ。
「──ッ」
 か細い息をもらして、ヒバリが腰をゆらめかせた。
 そういえば、と思い起こす。口してやるのはひさしぶりだった。いつもはヒバリがいやがるからあまりしないのだが、今夜はお咎めなしのようで、気の強いひとがおとなしくされるがままになっている。深く含み、裏筋に舌の先をあててくすぐると、未だ気丈に声を殺しているヒバリを置き去りにして、そこは驚くほどの勢いで硬さを増していった。
 内側に一本のかたい芯が通ったような、けれど表面はするりとした不思議な弾力を口の中に感じる。歯を立てないよう気をつけながら、ディーノが舌とくちびるを使って何度かしごくと、そこから生まれる快感に耐えようとしてかヒバリが大きく息を吸いこんだ。しろい腿の内側の筋肉がひくひくと痙攣する。
 ディーノは舌の上にあふれてくる滴を吸い取りながら、浴衣の裾を腰のあたりまでたくし上げてその奥に手を伸ばした。
 乾いたままの中指でうしろに触れ、いたわるようにそおっと何度も撫でる。
 最初のきっかけを与えられたそこはあたたかく、ヒバリが息を吸い、吐き出すたびにディーノの指を飲み込もうとするけれども、少し進んだだけですぐに押し戻されてしまった。
 つらくはないはず、まだ委ねきれていないだけだというのは相手の反応と今までの経験で知っているけれど、不規則な呼吸をくり返しながら、何かをこらえるように頑なに目を閉じているヒバリを見ると不安になる。
「恭弥……目を開けて。オレを見て」
「ん、んっ……」
 咥えていたくちびるを離して呼びかけると、ヒバリが猫のように喉を鳴らして目蓋を上げた。快感からというより生理的なものだろう、目の縁には涙が浮かんでいる。
「このまま、いきたいか?」
 なんてことを訊くんだオレは、相手が正気なら命はないなと自嘲気味に思うけれども、正直な言葉を聞きたい気持ちには勝てない。
「今夜は恭弥がしてほしいことを全部してやるよ。どうしてほしいか言ってみな」
 ヒバリはぼうっとした表情でディーノを見下ろし、
「も、いい、から……っ」
「────」
「何度も言わせないで……早くしてって、言った……」
「…………ん、わかった」
 引き気味の腰を持ち上げ、力の抜けた体を壁と向き合うように反転させると、のろのろと頭だけ動かして振り返る。
「なに?」
 訊き返しながら薄く開いた唇に指で触れると、スイッチが入ったようにヒバリが大きく口を開けた。
 赤みのつよい唇のあいだから赤い舌がのぞいて、ディーノの指先がヒバリの口の中にするりと吸いこまれていく。さらさらの指通りを思い出せる黒髪がディーノの目前で、ゆっくりと、スローモーションのような動きで前後する。濡れた舌に包まれた中指が急激に熱を持ち、一瞬遅れてぴちゃぴちゃという濡れた音が暗い廊下に響いた。
「だから、そういうえろいコトするなって……」
 自分からさせておいて言うのもなんだが、ヒバリはもう少し状況とか視覚効果というものを自覚した方が良いと思う。この状態でする「指をなめる」という行為が、相手にどんな意味に取られるかがわからないのだろうか。
 ──それとも、わざとか?
 まさかそんなはずはないとは思いながらも、ちらりと、期待ともうしろめたさともつかない甘い痛みがディーノの胸を過ぎった。ヒバリがわかってやっているのだとすれば、まっさらなひとに一からそれを教え込んだのは、まさしく自分だ。
 ヒバリの口から指を抜いて壁に両手をつかせ、突き出させた腰を自分のほうへと引き寄せると、腕の中の体がさらに前のめりになる。新品の浴衣は着たままひどい皺になっている。そこからのぞく白い腰を下から持ち上げるように支え、ディーノはもう一度跪いてそこに舌を伸ばした。
「あぁ」
 ヒバリが声をもらして、びくん、とのけ反った。続いて上げかけた声をとっさに飲み込んで身を縮める。
「……じっとして。いやじゃ、ないなら」
 静かに、けれど強い口調でディーノが言う。大事にしたいという気持ちは神に誓って真実だけれど、ここまで素直に快楽をほしがる姿を見せつけられてはたまらない。ヒバリがどこまで許してくれるか試してみたくなった。
「んっ、ぅん……っ」
 やめろとかいやだとかではなく、ヒバリは唇を噛みしめて震えている。これ以上はしたない声を出すまいと我慢しているのだ。すぼまった口に舌を差し込んだり周囲をていねいに舐めていると、前に回したディーノの手のひらに透明なしずくがあふれてきた。受け止めきれなかった一筋が手首を伝っていく。
 急いですくい取り、濡らした指と舌を使ってさらにうしろを解していると、喉にからむヒバリの吐息が止まらなくなった。わざとではなくとも逃げようとする体をなだめるつもりで、腿の内側をやんわりとつかむ。親指が肉に食い込んでくぼみを作った。つま先だけで支えたヒバリの上半身がぐらぐらする。
 そのまま達してしまわないように、いいところを外してくり返し指を出し入れする。固く閉ざしていた場所がくちゅくちゅと卑猥な音を立てる。しばらくすると数本の指が中で楽に動くようになった。
 ヒバリがいやいやをするように体を揺する──年齢以上に子供っぽい仕草が引き金になった。ディーノは急いで立ち上がると、空いた片手で前をゆるめ、ヒバリのはだかの腰に自分のものを強くこすりつけた。
「部屋まで連れていってやりたかったけど、ごめんな、できそうにねえ」
「……っ、ん……っ!」
 次の瞬間、ヒバリの口から抑えた悲鳴がこぼれた。
 ディーノにとってはどんなにか待ちわびていたこのときが、ヒバリにとっては最もつらい。わかるから、できるだけ苦痛が少ないようにしてやりたいといつも思うのだけれど、そうでなくても並より華奢な身体に大きすぎる負担を強いているのだ。どうやったって痛いのに決まっている。
「恭弥……力抜け。ゆっくりでいい……できるだろ?」
「ぅん、んっ……」
 互いの呼吸を量りながら、慎重に中ほどまで進む。最初にていねいに慣らしてあるから、押し戻されるほどのきつい抵抗は感じなかった。ヒバリの声に拒絶の色がないことを確かめ、そのまま一気に根元まで突きいれる。
「──ッ!」
 ぽきんと折れてしまいそうな細い身体を波打たせ、ヒバリはディーノの腕の中で激しくもがいた。侵入者の動きに合わせてひくつきながら息を吸い、支えを求めて短い爪がむなしく壁を掻く。
 ディーノは、締まったままのヒバリの帯に手をかけた。後ろから腰を抱き込み逃がさないように固定して、背中に身を乗り上げてとろとろになった内側をかき回す。入り口に近い浅い部分を何度かこすってやると、ヒバリの身体が急に激しく震えだした。噛みしめた唇のあいだからもれる、ほとんど涙声のような音が止まらなくなった。
 ヒバリのなかは熱いと感じる間もなくディーノに吸いつき、やわらかく包んだかと思うと、つぎの一瞬には痛いぐらいに締めつけてくる。できるだけやさしく、手を引くように高めてやろうと思っていたのに、実際にはそれどころではなかった。計算違いもいいところだ。悠長にしていたらこちらが間に合わない。
「なんかオレも、あんまゆっくりしてられねえみたい。やばい……」
 ディーノはヒバリの反応のいいところを探りあて、咥えこませた先端を強くこすりつけた。悪いなと思うけれども、快感を自分でコントロールできないひとを追い上げるには、感じる部分を狙うのがいちばん手っ取り早い。
「あ、やっ…あ、や、だ…ディー…ノ……っ」
「いやじゃない……恭弥はここ、すきだもんな」
「んっ、ディーノ、…いっ……」
 すがりつくような声で、ヒバリが続けざまにディーノの名を呼ぶ。
 はっきりと、艶めいたものが混じりはじめた声に煽られて、ディーノの動きがさらに勢いを増す。
 強情なひとの頑なな砦が、快楽によって崩されてゆくさまは、いつでも新鮮な興奮をディーノに与えてくれる。くしゃくしゃの布をまとわりつかせ、華奢な腰をはね上げさせて喘ぐヒバリは本当にやばい。無意識ゆえにおそろしく扇情的な姿を目の当たりにして、ディーノは体中の血液が沸騰したかのような錯覚にとらわれた。
「今夜の恭弥って、すげえかわいいんだけど、それ以上にえろい……」
「バカ、……そういうコトをいうなっ……!」
 そこだけはしっかりと反論するヒバリがあまりにもかわいらしくて、ディーノはつい笑ってしまった。いとおしさが胸に込み上げた。
「えろい、はイヤか? じゃあ」
 ありきたりだけれど、思いつく言葉はひとつだ。
「すき。すげェすき。だいすきだぜ、恭弥。あいしてる」
「っ、ぅん…っ」
 ヒバリの口から意味のとれない返事がこぼれた。ヒバリを直に感じている部分がジン……と痺れて、体中の熱という熱が急激に一ヶ所に集まり始める。長く尾を引くヒバリの声がディーノの意識を危うくさせ、我を忘れてしまいそうな甘くて激しい波がくりかえし押し寄せ、先にヒバリが、寒さに震えるように身体を揺らして達した。少し遅れてディーノも頂点へと駆け上がる。深くつながったものを、より奥へと押し込むようにして射精した。互いの身体がこわばり、ヒバリの背中が遠くなるのを、ディーノは夢中で引き戻した。ヒバリへの愛情と自分から離れることを許さない激しい思いとが、ディーノの心の中を閃光のように飛び交い過ぎてゆく。
 なぜだろうか。ディーノはそのときふいに、さっきヒバリと見上げた夏の夜空の星を心に思い描いた。絵の具で塗りつぶしたみたいな、濃紺の空の下半分を屋台からもれる黄色っぽい照明が照らし、行き交う人々はみんな笑っていて楽しそうだった。汗を呼ぶ独特の熱気と、ざわめく声と、ヒバリを取り巻く仲間たちの明るい笑い声。間に合わなかった花火。黒髪とよく似合う黒地の浴衣姿。ヒバリの指の細さと手のひらのぬくもり。ヒバリという存在。
 自分の生まれ育った町の風景を見せたかった、とヒバリは言った。それは、少しは自惚れてもいいということ──だとしたら、ディーノにとってそれ以上にうれしいことはない。
「来年も、まつり……一緒に見ような」
 ほんとうに声に出ていたかどうかは自信がない。
 ディーノの腕にもたれて目を閉じる寸前に、ヒバリがいいよ、と言ってかすかに笑ったように見えたけれど、それさえも、ひたひたとあたたかく胸を満たす、しあわせな夢か幻のようだった。


◇ ◇


 翌朝ヒバリが目覚めたときには、すでに隣にディーノの姿がなかった。
(どこ、行った……)
 ネジがゆるんだ頭で少し考えて、薄手の毛布の下の、ひと一人分の余裕のある真横に腕を伸ばす。シーツにぬくもりがまったく残っていなくて、なんとなくがっかりした。ディーノが馬並みにタフなのは身をもって知っているけれど、こういう朝にひとりでベッドに置き去りにされたことは今までに一度もない。
 昨日半端に脱がされた──脱がされなかったというべきか──浴衣は、下手くそなかたちに着せ直してあって、そこはおかしかった。
 着たまま寝たのに起きたらはだかだったというのは、それはそれで複雑だけれども、眠っている人間に服を着せ直すには、大変な労力が必要だったはずだ。いっそ脱がしてしまえばいいものを、風邪を引くといけないからと、またいつもの心配癖が出たのだろう。ディーノならじゅうぶんにあり得る。
 それに────。
(自分から、してって言ったし、それに廊下で)
 昨夜のことを思い出すと、どうしていいかわからない。ディーノが部屋へ戻って来たときに、いったいどんな顔をすればいいのかも。
 なんだか顔が熱くなってきて、ヒバリは薄い毛布を頭からかぶって枕に顔を埋めた。まっ白で清潔な寝具はひんやりしていて、花かフルーツのような甘い匂いがする。そういえばあのあと、いつベッドへ運ばれたのかも思い出せない。よく眠ったつもりなのに、腰から下に石でも詰め込んだみたいに体が重くてだるいから、あれが夢ではなかったのだけは確かだ。
「さいあく、かも……」
 きっと嬉々としてここまで運んだのだろうと思うと、何ともいえずくすぐったかった。おかしくないのに笑いが込み上げてくる。
 さっきまでは物音ひとつしなかった表に、誰かの大声が響いた。
「ロマーリオ! ロマーリオ!」
 廊下を隔てた寝室まで届く、よく通る張りのある声。
 ヒバリが聞き間違えるはずがない──ディーノだ。
「早くしねえと恭弥が起きちまう。朝食の用意と、車! 車な!」
 一語一句に至るまで、まる聞こえだ。それに呆れるほど元気だ。昨夜あれだけ疲れさせておいて、今日もどこかへ連れ出すつもりなのだ。ヒバリは毛布を頭からかぶり直し、治まらない笑いの発作を抑えてため息を吐いた。
 八月も半ばを過ぎて、学校の夏期休暇は残りわずかだ。
 けれど自分たちのなつやすみは、まだまだ、これから。
 せっかくだから、楽しまなくちゃな。
 そう言って、ディーノがにっこり笑って手を差し出す姿が目に浮かぶ。その手をつかむ準備はとうにできている。
 祭りにも行った。踊りも見たし、後輩からもらったアイスも一緒に食べた。
 ローカル花火は見損なってしまったけれど、それは来年の楽しみにとっておけばいい。
(どこへ行きたいって訊かれたら、どうしよう)
 どこでもいい、は今日だけはナシにしよう。そのほうがきっと喜ぶから。車の用意をしているのだから、行き先は車を使って行けるところだ。
 行くなら海がいい。日焼けをするとあとがつらいけれど、遠出して、着くのが夕方になれば、少しは日射しも弱まっているだろう。景色がよくて広いところは好きだ。それに夏の思い出に、海は欠かせない。
(……早く起こしにくればいいのに)
 ここに、ディーノが。
 そうしたら、一緒に、海へ。
(行きたいって──)
 暑さの引かない夏の海をぼんやりと思い描きながら、ヒバリはふたたび眠りへと落ちていった。

………………寝ちゃった。