すきだ すきだ 大事だ なんて
平気で何度も口にすること自体が そもそもヘンだろう
同じくベタベタに甘やかすにしても、もうちょっと別のやり方があるように思う。
「こんなにひどい状態になってるのに特訓してくれとか言ってみたり、そういうことするなってホント」
自分の傷口を見るような目で、もうとっくに血は止まっているのに、ディーノはいつまでも手を離さない。心配そうに僕の手をいじったりひっくり返したりしてる。しかも超まじめな顔つきを崩さないから、無闇に怒っていいものかどうか迷わされた。ここまであからさまに、両腕をいっぱいに広げて「さぁおいで」とか言われてもね。
ああこれって、うっすら記憶にある童謡の歌詞に似てるな。
「こっちの水は……あーまいよ、って?」
「うん? なんか言ったか?」
なんでもない、独り言だと言って軽くかわそうと思ったら、裂けた手のひらを這い回っていた唇がにんまりと形を変えた。
「恭弥の声、いいな。歌を歌うのに向いてる。もっとなんか歌えよ」
この男は本当に、一度ガツンとかましてやらないとね。
「ホントに死にたいんだね」
「まさか。んなわけねーだろ」
大人ぶって軽くあしらわれるのは気分悪いよ。
「前々から思ってたんだが、恭弥は自分に無頓着すぎる。もう少し自分を大事にしてやれよ。ていうかこれはオレのせいだが、そうじゃなくて、」
「別にあなたのせいじゃないよ。相手してくれって言ったのはこっちだ」
ああ言えばこう言う。反射的に言い返しただけだった。
だからまさか、こんな反応が返ってくるとは。
「違う。恭弥が傷つくとオレが痛えって言ってんだ」
不意打ちだった。心の準備ができていなかった。
────心臓が。
「いたっ…………」
「恭弥? やっぱ痛むのか」
それは痛いに決まってる。あたりまえだろ。マメが潰れて出血して、おまけに切り傷まで作ってるんだから。それに心臓。ヘンな薬でも嗅がされたみたいにわあわあ踊り狂って、今にも口から飛び出しそうだ。おかげで前に傷めた肋骨がまたみしみしいってるよ。
ディーノは長いこと僕のつむじを見下ろしていた。こっちが顔を上げないのだから、そうするしかない。時間が止まってしまったかのように、本当に長い間彼はじっとしていた。
やがて、ぽつりと
「恭弥……お前、なあ」
呆れた? 違うな。もっと、なんていうか、笑い出すのをこらえてる感じ。凶器はどこへ行った。とりあえず一発殴りたいんだけど。
「いつも言ってるだろ。好きだ好きだ大事だって。信じてなかったのか」
答えを期待してるふうじゃなかった。だから僕は安心して黙っていた。ディーノが僕の手を取り、指先をそっと口に含むと、風かと思うようなちいさな音が鳴った。
「あまり無茶はするな。自分を痛めつけるな。平気な顔をするな。痛い時には痛いってちゃんと言え。オレに。そうしたら」
「……そうしたら?」
彼の口の中はムカつくくらいに温かかった。なんだかもう、諦めというか、どうでもいいやとか思うくらいに。そんなに欲しいのなら好きにすれば。本気でそう思ってしまった。
「またこうして傷口を舐めて治してやるよ。手でも足でも、痛みが取れて傷が全部癒えて恭弥が泣きやむまで。一晩中でも。どう?」
「咬み殺されたいの」
ディーノが勘弁してというように、戯けた仕草で首を傾げる。痛かったら泣いていい、思いっきり泣けとか言うから、本当に泣いてやろうかと思った。できるわけないけど。
ふわりと腕の中に倒れ込むと、さりげなく力を加えて支えてくれる。けれどもそれ以上強引に触れてはこない。抱き寄せようともしない。僕だけが心地よく包まれる。彼は余裕綽々で受け止めるだけ。僕だけがどんどん前のめりに傾いていく。
「すきだ、すきだ、大事だよ、恭弥」
「…………」
まだ言ってる。やっぱりこいつ超ムカつく。
決めた。いつか目にもの見せてやる。
押されて押されて引かれたらショック=落ちたも同然。ビクついてるのはお互い様。