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 広い二車線の両側に並ぶ桜並木が色づいてた。花の頃を過ぎて夏が終わるまで鮮やかな緑の葉をたたえていた木々は、稀にみる暖かさのせいで赤くはならず、黄色いまま枯れ始めている。並盛町のメインストリートは空までが明るい金茶色に染まっていた。
 大きな音とともに風が起こると、子供の手のひらくらいの葉っぱが一斉に頭上から降り注ぐ。足下を見ると、茶色く変化した落ち葉が何層にも降り積もっている。この季節特有の自然の絨毯は、コンクリートで固められた舗道の感触を少しだけ和らげてくれていた。
 桜といえば春と思いがちだが、実は落葉する季節の美しさも捨てがたい。風の強い日には雨のように天から降り注ぐ赤茶色と、風にすくわれて舞い上がる黄色とが空中で交差する、夢のなかの一場面のような瞬間が見られる。それを見るのが楽しみなディーノは好んでこの道を通り、ホテルやヒバリの自宅までゆっくり歩いて帰るのが日課のようになっていた。それに秋なら桜に花がつかない。春にはこの辺りに近寄りたがらないひとは今の時季ならそうでもなく、こちらの誘いを断らないのが何よりうれしかった。
「寒い」
 前を往くひとが振り返らずに文句を言った。
「すごく寒い」
 空耳か独り言かと思ったが、二回も同じことを言うのだから「何とかしろ」という要求なのだと理解した。今年も残すところ1ヶ月とわずか、日中の気温は連日20度を下回っているから、夕方になれば肌寒いどころじゃない。肌色が透けて見えそうな薄手のシャツに上着という恰好では寒いに決まっている。教室から連れ出すときに寒くないのかと声をかけたのに無視されて、そのままにさせたのがいけなかった。
「恭弥」
 ぶつぶつ言うわりに、一向に立ち止まろうとしないひとを後ろから呼び止める。
 目が合うと、ディーノは自分のジャケットを脱いでヒバリに渡した。
 強めの風が吹き抜け、地面に敷きつめられた落ち葉の上に一枚、また一枚と枯れ葉が積もっていく。ヒバリが肩を震わせた。寒さのせいか頬に赤みが差して、いつもより表情が幼く見える。
「いらない」
 素っ気なく突き返してくる。どことなく表情がやわらかいと思ったら、笑い出すのを我慢している顔だった。
「ねえ」
「なんだ?」
「昨日のあれ。なんだったの」
「あー……」
 訊かれるだろうと覚悟はしていたから動揺はなかったが、ストレートすぎる質問に直球で返すかどうかは迷うところだ。
「どっち? 告ったことか、それともキスしたことか」
「両方だよ」
 腕を差し出したまま、ディーノはわずかに肩を竦めた。ヒバリはどんなときでも決して相手を甘やかさない。曖昧な態度を許さない。冗談に紛らせてはぐらかそうとしても許してくれるはずがなかった。
 昨日──正確にいうと昨夜初めて、ディーノはここでヒバリにすきだと言ったのだ。出会って数ヶ月、もうこれ以上は待てないと腹をくくった結果だった。
 告白と覚悟のキスは、拒絶こそされなかったが、だからといって容易に受け入れられたわけではなかった。とりあえずは殴られた。金属ではなく素手だっただけマシだろう。
「なにって、オレとしちゃ、すげえハッキリ言ったつもりなんだけどな」
「そうなの? 僕はさっぱりわからないから殴ったんだよ」
「そういや殴られたとこアザになったぜ。朝鏡見てびびった」
「自業自得だろ」
「うん。それは言えてるな」
 こうも相手にされないと苦笑しか出ない。これでも、平気な顔で誘いにいくのはけっこうな勇気が要ったのに。もう二度と顔を見せるな、と追い返されると思っていた。けれどもヒバリは昨日と同じようにここにいる。
「ところで、こうしてるとやっぱり、ものすごく寒いんだけど」
 ヒバリはさっきと同じ台詞をくり返した。これは何だろう。こちらの気持ちを試されているのか。それとも単純に早く帰りたいと主張しているのか。
「だから、意地張ってないでコレ着ろって。ほら」
 できるだけ穏やかに言い、ディーノは口調とは正反対の動きをした。大股で最初の一歩踏み出す。間も距離も置かずにギリギリまで接近して、囲うつもりで腕を大きく広げた。こういう場面での体格差は強力なアドヴァンテージになる。後ろにしか逃げ場のないヒバリを捉えるのは簡単だった。
 ディーノの手からジャケットが放れ、金色の地面にぱさりと落ちた。
「好きになったって言っただろ。本気なんだよ。信じろよ」
 表情を変えないひとの骨まで細い肩を腕で包んで、気持ちを込めてぎゅうっと抱く。口にも出したし、行動にも出た。これで伝わらなければ未来はない。振り向いてもらえる可能性。ありったけの思いをぶちまけて、残らず注ぎ込める余地があるかどうか。確かめたい気持ちに勝てなかった。
 冷たい秋の風は少しのあいだゆるんだ。隙間なく寄り添い合うひととのあいだに風は吹かない。
「どーだ。これであったかくなっただろ」
「全然」
「そんなことねえって。オレはあったかいぜ」
「足りないって、言ってる」
「じゃあさっさとホテルに帰ろうぜ。そのほうが絶対」
「バカだね」
 まさか抱き返されるとは思わなかったから、油断していた。そうっと背中に回された腕がディーノをきつく締めつけた。情けなく心臓が踊った拍子に腕の力が弛み、ヒバリはまんまとディーノの拘束を逃れた。胸をトン、と両手で押され、ふいを衝かれたディーノはふらふらと数歩後ずさった。反射的に伸ばした手のひらがむなしく空気を掴む。
 ふわりと、蕾がほころぶように、ヒバリは笑った。冬に向かう季節に咲く花はそれだけで貴重だ。冷え切った風景にあたたかい彩りを添えてくれる。
「変なひと。せっかくいいって言ったのにね」
 ヒバリが動くと、それにつられるように乾いた風が起こった。
「あれ、もう一回してって、言ったんだよ」
 巻き上がる黄金色の向こうから、夢のような声が聞こえた。
 風がおさまるころにはもっと離れているかと思ったら、ヒバリとの距離は逆に縮まっていた。やわらかそうな手のひらが目の前に迫る。ディーノの視界が急に暗くなった。手で瞼を塞がれたのだ。
「あなたがそんなだから──僕は慣れないコトをしなきゃならない」
 笑みを含んだ声がささやく。突風と、落ち葉が舞い散る音に聴覚が惑わされたようだった。肩に軽い負荷がかかった。ヒバリがこちらの肩を支えに背伸びしている。思わず身を屈めたディーノの頬に、あたたかい唇がゆっくり押しつけられた。
 濡れた舌がそろそろと耳のふちをすべり、顎の線をたどたどしくなぞる。そのあとを風がなぶっていくひんやりとした感じが妙に生々しい。
 やられた。心臓が肋骨を突き破って外に出てきそうだ。耳まで熱い。
 言ってねえよ、それならそうとハッキリ言えよ……と思ったけれども、瞼は塞がれたまま、逆らう気力はたった今すべて奪われた。ディーノの手の内にはもう何も残ってはいない。勝負を分かつボーダーラインがどこにあったのかすらわからなかった。
「次はないと思いなよ」
 ヒバリがぽつりと呟く。すぐに唇と唇が触れ、深く合わさった。

「踊る落ち葉の風に隠されて」
アンケートでいただいた「自分からディーノにキスするヒバリ」。
どっちもすることがこどもですが、往来での所業につき、誰かに見つかって叱られるのはディーノです。まあまあ悪魔。