浜辺にて

 夕暮れの浜辺を歩いていると、小さな貝殻が足の指に当たった。
 よく見ると砂浜のあちらこちらに、なんの変哲もない貝殻がいくつも散らばっていた。色があるというほどもない白灰色の一粒を拾い上げて、沈みかけた太陽にかざす。つるりとした貝の表面には、何本もの縞がうっすらと入っている。それらは灰色から生成色へのグラデーションになっていて、ハッとするほど派手ではないけれどなかなか趣味のいい色合わせだった。
 ふと思う。そういえばこうして海辺で貝殻を見つけると思わず手にとって、手のひらに乗せて見つめてしまうのはなぜだろう。拾い上げたときは別に何も考えていなかったのに、いつのまにか、なんとなく、今いちばん身近にいる誰かを思い浮かべているのは? とくにこういう自然のものが好きだと聞いた覚えはない。なのになぜか、これを持って帰ったら喜ぶだろうか、と自然に考えている自分が不思議だ。
 ありがとう、とは言うだろうな。
 すげェうれしいとおおげさにはしゃいで、あのきれいな顔をくしゃくしゃにして抱きしめようとするかもしれない。そういう彼を想像するのは悪い気分じゃなかった。
「恭弥」
 名前を呼ばれて振り向くと、子供のように靴を脱いで裸足でこちらに歩いてくる人影が目に入った。
「寒くなってきたから、そろそろ中に入ろうぜ」
 くせのないきれいな日本語でそう言うと、彼は特徴のある柄入りの腕をくいっと上げて、滞在中のホテルを指した。
 返事をせずに頷くだけにして、前に立たれると夕日を遮るほど背の高いひとを目指してゆっくり歩き出す。しばらくして、彼がもう片方の腕を前に突き出していることに気づく。ゆるく閉じられたてのひらに握られているものがなんなのかが、なぜかわかってしまった。
「これ、さっきそこで見つけたんだ」
 まるで、僕のために特別に見つけた宝物のように。
 どんどん近づく僕をめがけて、彼は自慢げに手のひらを開く。
「すげェきれいだったから。恭弥にあげようと思って拾ってきた」
「そう。偶然だね」
 僕はおかしさをこらえながら、自分の手のひらをゆっくりと彼の目の前に差し出した。
 見つけたのはほんの偶然だったけど、でも、あなたじゃなければ。
 こんなささいな偶然をうれしいと感じるなんて、たぶんありえなかったと思うから。
「実は僕もあなたにあげたいものが、あるんだ」

「海辺で君とロマンチック」
たまには素直になるのもいいもんです。