学ラン

やってるだけです しかも下品です 読む?

 強い力で黒い革張りの座面に押しつけられ、不覚にもめまいを覚えた隙にディーノがヒバリの上からのしかかってきた。
人のいない応接室。念のために施錠はすませてある。なにが「念のため」なのだか。戸口の前に立ったひとを中に迎え入れた時に、咄嗟に鍵をかけようなどと思いついた自分を呪いたい。



 約一ヶ月ぶりの再会とはいえあいさつはキスだけ、そのあとは当然のように襲いかかってくるディーノにはかなり呆れたけれど、苦しいと感じるくらいに固く抱きしめてくるせっぱ詰まった勢いにのっけから感覚を狂わされてしまった。
「恭弥……足、もっと開いて」
 膝頭に添えられた手と声で請われるままに、ヒバリはこすり合わせていた両膝をそっと離した。場所が場所だけに表の廊下をいつ誰が通るかもわからなくて、遠くで生徒の声が聞こえるたびにヒヤリとする。気が気じゃないがセックスがもたらす快感の誘惑には逆らえなかった。ただれているなあと思う。
 唇から頬へ、頬から耳へとディーノの唇は移ってゆき、額の生え際をしばらくさまよってからまた唇へと戻ってくる。慣れた手順が呼び込む安堵と昂揚に押されながらヒバリが口を開けて迎え入れると、すぐにあたたかい舌先がすべり込んできた。少し遠慮がちな、けれどもじゅうぶんに圧迫を感じる身体の重みが懐かしい。他人の体温をいとおしく思う感覚もほんとうにひさしぶりだ。
「ちょっと、この手はなに、……んっ」
「なにって……するのに邪魔だろ、制服」
 学ランのボタンははじめから留めていないから脱がされるのは簡単だ。言うが早いかディーノの不埒な手が上着をおざなりに退け、その下のシャツのボタンに伸びた。闘うひとの手は武器を扱う荒々しさとは真反対の繊細さを発揮して、小さなボタンをひとつ、またひとつと素早く正確に外していく。呆れた器用さだ。あっという間に素肌に手のひらが触れて、その温かさとは異質の刺激にヒバリがひくりと身体を反らせた。
「…………あっ、んっ」
 不意をつかれて咄嗟に声が殺せない。こんな甘ったれた声を出したら、そうでなくてもうぬぼれの強いひとをつけ上がらせるだけだというのに。
 案の定ディーノはしばし愛撫の手を止め、にやにやしながらヒバリの顔をのぞき込んだ。
「さっそく反応いいなー。楽しめそーだ」
 体の方はともかく気分は最悪だ。よりによって。
「こんなところで…する、なんて……っ」
「直接学校に来いって言ったのは恭弥だぜ? オレと会ったらこうなるのはわかってただろ」
「…ッ、しねっ……あ、あっ」
 胸のまわりを痛いほど吸われて、突起に歯を当てられると弱い。簡単に声を上げてしまう。あえぎながら文句を言っても仕方ない、いったん火が点いてしまったディーノを止めるのにはなんの役にも立たない。それどころか火に油を注ぐようなものだ。
「スキあり」
 せめて顔を見られないようにと視線を外して横を向くと、いとも簡単に足の間に片膝を入れられてしまった。下方から不穏な金属音が聞こえ、制服と下着を同時に押し上げる痛みに耐えきれなくなりつつあった前が少し楽になった。
 布地と肌のあいだに大きくて熱い手がすべり込んでくる。
「あっ、そこやだ……っ」
「うそだね」
 さんざん教え込まれた快楽を導き出すお決まりのやり方がその先と自分の反応とを否が応にも想像させて、なけなしの気力を振り絞って閉じようとしていたヒバリの足からみるみる力が抜けていく。無意識に音のする方に目を向けてしまうともうダメだった。
 半端に脱がされ、制服のズボンに拘束されたままの下腹にディーノの手が伸びて、あからさまな欲情の徴が引きずり出されるのを見てしまうとそれだけでたまらない。同時に熱い手のひらに包まれてやさしく擦られ、途端に一気にそこが倍ほどもふくらんでいく。耐えきれなくなって逃れるつもりで身をよじる。と、下敷きにしている上着がくしゃくしゃに皺よっていくリアルな感触にヒバリは息を飲んだ。
 それで今さら──たいへんなコトに気づいた。
 おそるおそる見ると黒い上着はヒバリとソファとのあいだでシーツと化していて、風紀委員の腕章は座面に押しつけられたディーノの腕の下で見事に二つ折りになっている。下は前だけはだけられて腰のすぐ下にみっともなく絡まり、腿と膝のあいだで無惨にも二重三重に折り畳まれていた。
 目を凝らして見なくてもわかる。最悪の状態だ。
「……ディーノ、服、とって…………」
「んー」
 ひきつりながらの懇願はあっさり無視された。
 ──遅かった。
 ディーノはすでに次の段階に──熱心に愛撫をほどこす術が指から舌へと移っていて、人の話に落ち着いて耳を貸すような状態ではなくなっている。それはディーノに限ったことではなく、感じやすい口やその下のくびれをあやすように舌でなぞられると、ヒバリもすぐにそれどころではなくなってしまう。
「あっ……生返事はいいから、服……ぬがして、しわに……汚れる……っ」
「この服、学ランっていうんだってな。特別製なのか? 他の奴らとは形がちがうよな。恭弥によく似合ってる」
「な、にをっ、わけのわからないこと、言って……っ、……は、あっ」
「はいはい。わかったわかった」
 ディーノは組み敷いたひとの心中などまったく気づかず、のんきなものだ。気のない返事ばかりするのは今のところ服を脱がせる気が全くないからで、挿入のときに邪魔になってからでいーじゃん、とでも軽く考えているのに違いない。
 怒ろうにも舌がもつれて、言葉がまともに出てこなかった。しゃべろうとするとディーノがわざと歯を立てたり、きつく吸い上げたりするからだ。腹を蹴り上げようにもとろけきった腰から下には全然力が入らなくて、逃げることも押しのけることもできない。
「っ、離せ……バカ、脱がさないと、させない……ッ」
「だから、あとでな。心配すんな。汚れたら新しいの買ってやるから」
「な────」
 冗談じゃない。そんなおそろしいことはさせられない。
 たったひと月離れただけでこれだ。とにかく相手をできるだけ近くまで引き寄せたくて、餓えてがっつくみたいな獣じみた衝動は、重ならない時間が生み出す見えない隙間を必死で埋め合う行為へとつながる。抱き合わないと収まらないのはわかりきっている。
 でも──服を取り払う時間すら惜しむ性急さにはくすぐられるけれども、尋常じゃない速度で追いつめられて意識を飛ばしてしまう前に制服だけはどうしてもどうにかしないといけなかった。
 でないと、あとがいやだ。考えたくない。汚れたから新しいのを買うとか、そういう問題ではないのだ。
「すぐにいかせてやるから、ちょっと、待ってな」
「っ、ちが……っ!」
 とんでもないことを平然と言われて腹を立て、濡れた音とともに含まれてきつく唇をかむ。あまった根元のほうを指でゆっくりなぞられて腰から下をがくがくと震わせる。ヒバリは裏筋がとても弱いコトを知っているディーノは先の方を口に入れながらそつなくそこをさわってきて、それで一気にのぼりつめた。中心から出口へ向かって熱いものが駆け上がる。
 最後の手段で足の間に顔を埋めるひとの金髪をつかんで引っ張ると、さすがにムッとしたのかどうしても口を離そうとしなくて、よけいに強く吸われた。
「あっ」
 重く不自由なはずの下半身が勝手に持ち上がって、より深い快感を求めてに上下に動く。ディーノの口の端から一筋の光るものがこぼれ落ちた。
「や、だ、ディーノ……、いやだ」
「そこまでいやがられると、なんかせつねーんだけど……」
 ディーノが不満そうに顔を上げた。ぺろりと舌を出す。
「口でされんのまだ恥ずかしいのか? しょうがねーおこさまだよなー。わがまま」
 言葉は失礼極まりないけれど、いさぎよく口を離して代わりに手で触れてくる。
 たとえそれが大きく的を外した誤解であっても、ディーノはヒバリがいやだと言えば絶対にしない。すっげ大事にするから、オレを信じて、といちばん最初に言われた言葉がふいに思い出された。
 以前はそんなことを軽々しく言うやつがいちばん信用ならないと思っていたのに。
 きつかった性器の感覚が急に軽くなると、興奮と酸素不足でぼやけていたヒバリの頭が少し回り始めた。そうだった。危うく忘れるところだった。
「ディーノ、手を離して……服、」
「ホントに恭弥は意地っ張りだよな。……そういうの、きらいじゃねーけど」
 ディーノが突然動き出した。
「あぁっ……いやだ、い、や……だ、」
 一旦ゆるんで、また極度に緊張したせいだ。声の変化に気づかれて、いきなりピッチを上げてこすられるとどうしようもない。飛んでしまいそうな射精感とぬるぬるすべるディーノの手のひらの感触で自分の限界を思い知る。感じすぎて吐き気までしてきた。
「や、じゃねーよな? だってココ……」
「……うぁっ、だめ、……!」
「すげ…いい顔。そういうのもっと、見せろよ」
「はぁっ、ん、あっ……あぁ……っ」
 ディーノの大きな手に包まれて、最後は悲鳴に近い声をあげてヒバリは果てた。
 背骨の中心を怖いぐらいの衝撃が貫いて脳まで達し、からだがじゅっと音を立てて溶けたかとおもうくらいに痺れた。ふるえながらディーノの手の中に二度、三度と続けざまに吐精する。ディーノの腕につかまったまま、掠れるまでか細い声は続いた。びくん、びくんとどうしようもなくからだが跳ねるのを抑えきれないくらいに、ものすごくきもちよかった。



 全身がひきつるような痙攣がようやく治まってヒバリが目を開けると、待ちかねたディーノに顔中にキスを落とされた。わざと唇だけを外してくる。こういう細かな気遣いこそがとてつもなく恥ずかしくて、思わず寝たふりをしそうになった。
 それに──。
「大丈夫か?」
 余裕だったはずのひとがすっかり余裕をなくしている。慎重に声を抑えていてもわかる。しきりに耳を咬んだり瞼に口をつけたりしているのは焦れている証拠だ。
「あーもうすっげえしたい。早く恭弥のなかに入りたい」
「………………やだ」
「え?」
 じりじりしながら腰を持ち上げようとするからすかさず膝蹴りを入れたら、油断していたのかそれがディーノの鳩尾にまともにヒットした。
「うわっ!?」
 大きく後ろに傾いた体勢を腹筋だけで戻してくるのには感心したけれど、──名のあるマフィアを束ねるボスの呆気にとられた表情は見物だった。
「き、恭弥?」
「いやだっていったのに──あなた、きかなかった」
「???」
 ディーノは混乱して目を白黒させている。無理もない。
「なんのことだ? やだって言うから口ではしなかっただろ」
「────」
 ヒバリは口を開きかけて、やめた。
 そうじゃない、違うのだ。だからといってわざわざ説明するほどのことでもない。それよりも体がだるくてだるくて、ダメだと思っても目蓋がひきつれどんどん重くなっていく。
 なので、投げた。思いきり遠くへ。闇の彼方へ。
「もういい。それよりなんだか眠くなってきたから………寝る」
「ええっ?」
 ディーノが笑顔をひきつらせて固まった。本当に、心底無理ないけれど。
「聞こえなかった? 僕は寝るから。──言っておくけど起こしたら、ころすよ」
「ええええっ!?!」
 少しの気持ち悪さを我慢して乱れた下だけ手早く直し、一度目を閉じてしまうと意識が揺らぎ出すのはすぐだった。
 制服の上着は背中に敷いたまま。ディーノの手からあふれたものは黒い布地を汚しているかもしれない。けれどもなんだかすごく疲れ果てて服のことなど本気でどうでもよくなっていたから、いやな考えはさっさと頭の隅のほうへと押しやった。目の奥が昏くぐらぐらしている。
(それにね──ディーノ)
 ひとの話をちゃんと聞かないと、あとで後悔することになるんだよ。
 今日はこれでおしまい、という意思表示のつもりで、ヒバリのほうからディーノを引き寄せてキスをする。
「ちょっ、待っ、ダメだって、口はまずいって……!」
 訳がわからなくてきょとんとしつつ、戸惑いながらもとりあえず素直に唇を差し出すディーノが間抜けすぎておかしい。およそ年上とは思えない。
「おやすみ、ディーノ」
 よい夢をね。
「って、うわー! まじで寝るな、恭弥っ」
 まさか、ウソだろうとうろたえるひとを、もう少しだけ焦らしてやりたくなった。ちょっとした意趣返し。精神的ダメージが大きいのは、はたしてどちらか。自然にゆるむ口元を見られないようにヒバリは急いでディーノにしがみつくと、もう一度「おやすみ……」とつぶやいてぎゅっと目を閉じた。

学ランって黒いでしょ。そこに飛んだら困るでしょ。
よりによってここでやめさせるウチのヒバリは、悪魔以外の何者でもない。