はじめまして

 どん、と大きな音を立てて窓ガラスが揺れた。
「うわっ、なんだなんだっ」
「なんかわかんねーけど、雪玉が当たったみたいだな」
「雪玉ァ? 誰だこのクソ寒い日に雪合戦なんかしてるバカは?」
 声のするほうを見ると、なるほど、白く曇った窓に雪のかたまりがへばりついている。雪玉は校庭から飛んできたようだった。校庭から応接室の窓まではかなりの距離がある。少なくとも中にひとり、強肩で強力なノーコンがいるようだ。
 雲雀恭弥は、くだけた雪玉がすべり落ちていく窓から目を離した。あまりにも目に余るようならつぶしに行かなくちゃ、と思いながら。
「ヒバリさん、あれ見てください。表で騒いでるの、例のあいつらですよ」
「あいつら?」
 ヒバリが立ち上がると、委員たちはさっと道を空ける。よく躾がされている。にわかに騒ぎ出した風紀委員たちを脇へ退かせ、ヒバリが窓越しに外を見ると、目障りな群れが眼下を走り回っていた。
(あれは……)
 委員のひとりが例の、と言った意味がひと目みてわかった。
 数匹のバカ犬の群れが奇声を上げながら、まっ白な校庭を踏み荒らしている。チーム分けはそれぞれの首に巻かれた紅白のマフラーのようだ。白いマフラーを巻いているのは、ヒバリのお気に入りの赤ん坊と何らかの関わりがあるらしい下級生、牛柄の服を着た子供、なぜかよく目につく脳天気な野球バカ、そこに見覚えのない小学生が加わっている。
 赤マフラー組は風紀委員の天敵ともいえる帰国子女と、ヒバリと同学年の熱血ボクシング部。チャイニーズ娘(これも子供だ)。
 そしてもう一人は──。
「あれ、誰」
「え? 誰って、誰のことっすか」
 見ればわかるだろう。あれだよ。あの──どう見ても並中生には見えない大柄の男。見えていないとは言わせないよ。
「ああ、あの金髪ヤローのことっすか。あれ誰っすかね。なんか日本人ぽくないですけど」
「そうだな」
 言えているが、その違いは人種だけではなさそうだ。体格や動きからみて、周囲の中学生とはかなりの年齢差があるようだった。
「つーかあいつら群れてて目障りっすよね。叩きにいきますか」
「ほうっておけ」
「はい?」
「聞こえなかった? 僕はほうっておけと言ったんだよ」
 素っ気なくいい、ヒバリはすぐに窓際を離れた。きょとんとしている部下にかまってなどいられない。あまり長いあいだここにいたら、あのするどい赤ん坊に気取られてしまうかもしれないからだ。
「あいつら、何をしてるんでしょうかねえ」
「さあね。興味ない」
「ヒバリさん」
 ソファに戻ったヒバリのそばに別の委員が近づいて、何枚かの写真を机の上に広げた。
「すみませんが、この資料を見てもらえますか。最近ここらででかい顔してる集団なんですが、どうしましょうか。あんまりつけ上がらせると面倒っすからね、一度思い知らせておいたほうがいいんじゃないかと」
「何年?」
「三年っす」
「ふうん」
 どれもそろって頭の悪そうな顔ばかりだ。群れるのがすきな奴はこれだから。
「どうでもいいよ。雑魚は適当につぶしておいて。あまり数が減ってもつまらないから、やりすぎないように。暇つぶしする相手がなくなるからね」
「わかりました。では次ですが……」
 次から次へと資料がめくられていく。めくってもめくっても同じ顔が出てくる。それは錯覚だったが、本来群れとはそういうものだ。個々を見分ける必要などない。もちろん、下で騒いでいる連中も同じであるはずだった。
 どうでもいい。どうでもいいよ。あれもそれもこれも。
 違うだろう。まさしく「どうでもいい」のは、校庭で繰り広げられているくだらない遊びのほうだ。なのになぜ、こんなにも気になるんだろう。風紀を乱す連中の報告例は後を絶たない。暇つぶしには恰好の餌食である群れのひとつやふたつ、街に出ればいくらでもいる。さっさと行って叩きつぶせばいいものを。けれど今は考えるだけでうっとうしかった。ヒバリはイライラと爪を噛んだ。
 歓声はまだ聞こえている。さっきから聞き覚えのない、よく通る声が耳について離れない。
「おおーなんだあれ。黒服が雪んなかから出てきやがった」
 うるさいのは校庭だけではなかった。雪合戦の観戦者はどんどん増え、今や応接室の窓はすずなりになっている。まったくどいつもこいつも。
「今度は急にチーム編成が変わったぞ。並中vs女子供vs大人チームの三つ巴か。おおおモデルガン出たっ。あの金髪と黒服集団スゲー! 百発百中だぞっ」
「あっちの女もすげえぞ。雪の玉が煙はいてる!?」
「あの乱戦のど真ん中でぼうっと突っ立ってられるなんて、あの子供正気じゃねーよ!」
「君たち」
 ヒバリはソファから立ち上がった。
 手を出すつもりはなかったが、トンファーを取り出すだけでじゅうぶん効果がある。ざわめいていた室内が一瞬でシーンとなった。
「あんまりうるさいとひとり残らず咬み殺すよ」
 ぴしゃりと言い残し、ヒバリは部屋を後にした。

**

 三階から二階へと降りる途中に窓をのぞくと、謎の外国人が子供相手に本気で武器をふるっている場面に出会した。
(へえ……)
 目を瞠るほどの使い手だ。めずらしい武器もヒバリの興味を引いた。おもしろい。本気で闘ってみたいと思わせられた相手は、あの赤ん坊以来だ。
(でも……)
 いらだちで胸の奥がちりちりする。
(あの金髪は気に食わないな)
 黒服のなかでひとりだけ目立つから、どこにいても目に飛び込んでくるのだ。つい目で追ってしまうのが癪に障る。
 意識のほころびが一瞬の油断を生んだ。ハッと気づいたときには足音が間近に迫っていた。騒音は驚くほどのスピードで、ヒバリのいるほうへと近づいてくる。
(こっちに、来る)
 どたばたと階段を駆け上がってくるのは金髪と、その後ろから野球少年。ヒバリは外に通じる非常階段の手前で足を止め、扉の隙間から様子を伺った。
 ──速い!
 人影はすぐそこにいた。このままでは見つかってしまう。ヒバリは咄嗟にドアの陰に身を隠した。しまった、と思ったが遅かった。持っていた缶ジュースがヒバリの手を離れ、扉の外に転がっていく。
「おわっ」
 次の瞬間叫び声と、大きな物体が階段を転げ落ちていく音がした。
(…………!?)
「なっ!?」
「ええ──!!」
 後輩たちの絶叫が響く。驚いたのはヒバリも同じだ。金髪野郎は、ヒバリが落とした缶ジュースにつまづいて階段から落ちたらしい。

**

 ヒバリは周囲の物音が静まるのを待って外に出た。雪合戦の戦場はふたたび校庭の中央に移っていた。戦闘はそろそろ終盤に差しかかり、生き残っている人数はかなり少なくなっている。
 その中からこの世の終わりのような悲鳴が上がった。ヒバリは声をたどって空を見上げた。
(なに、あれ)
 灰色の冬空にそびえ立つ黒い影。サイズを考慮に入れなければカメに似ている。
 ちょうどいいタイミングで、事情を知っていそうな人物がヒバリめがけて突進してきた。暴走するラジコンを追いかけているらしい。あれを捕まえて吐かせればわかるだろう。ヒバリは身を屈めて片手でラジコンの進路を塞いだ。
「ヒバリさん!!」
 気の弱そうな下級生がヒバリに気づいた。瞬間的に凍りつく。ヒバリは顔を上げた。
「何これ? あと、そのデカいカメ」
「いや、あの」
「それとあの、デカい雪玉」
「雪玉?」
 下級生がヒバリの指先を目で追った。巨大な雪の塊に人が刺さっている。埋まっていると言うべきか。
「あーあれ、えっとディーノさんが階段からあの形で落ちてきて、それに山本が巻き込まれちゃって……」
「冗談、だろ?」
 下級生がぎょっとした顔で振り返る。
「ヒ、ヒバリさん……?」
 ヒバリが声を上げて笑ったからだ。発作のような笑いはいつまでも止まらない。こんなにも心の底から笑わされたのはひさしぶりだ。
 そう、あの金髪は、ディーノっていうのか。
 下級生の肩越しに赤ん坊と目が合った。その表情に変化はない。
(君は何を考えているのやら)
 素かわざとか。それすらも読めない。こちらの興味を引くように仕向けたのか、それともただの偶然か。
「気に入らないな」
「え?」
「ちょっと遊んでいこうかと思って来てみたけど、気が変わった」
 またね、と笑って、ヒバリは捉えたラジコンをぽいっと放った。赤ん坊の思惑に乗せられてやってもいいかと思っていたが、あの情けない姿を見てそんな気はすっかり失せてしまった。それにエサをまかれてすぐに飛びつくようでは、そこらの犬たちと変わらない。
 でも──。
「君のところの赤ん坊に伝えておいて。僕は外国製のオモチャはきらいじゃないって。イイ線ついてる」
「え?? な、なんですかそれ!?」
「それでわかるよ」
 ぼう然と立ち竦む下級生を残してヒバリは歩き出した。

**

 応接室の戸が勢いよく開いた。立っていたのは背の高い外国人。それが誰であるかはヒバリの与り知らぬところだが、無関係の人間が昼間の学校に堂々と侵入してくるとは恐れ入る。なんとなく予感はあったけれど。
「お前が雲雀恭弥だな」
「……誰……?」
 声に聞き覚えはなかった。
「オレはツナの兄貴分でリボーンの友人だ。雲の刻印のついた指輪の話がしたい」
 が、その金髪には見覚えがある。名乗ってもらう必要もない。名前ならとっくに知っている。ディーノ。確かそんな名前だった。
「ふーん。赤ん坊の」
 あの雪の日。彼がヒバリに見せたかったのは、やはりこれだったのだ。この男が使っていた武器はなかなか興味深かった。あの赤ん坊が仕向けたと判れば期待以上だ。愉しませてくれるだろう。
「会いたかったよ、ずっと」
「ん? なんか言ったか」
「いいや、べつに」
 ヒバリはほくそ笑んだ。あの日にも感じた、覚えのある発作のようなものが腹の底にふつふつとわき上がる。口元がゆるまないようこらえるのはホネだった。
 思い出したよ。武器の扱いは超一流だったけど、そういえばあなた少しどんくさかったよね。
「指輪の話なんかどーでもいいよ。あなたを咬み殺せれば……」
 ああそうだ。この男を存分に叩きのめして、地に這わせる瞬間に教えてやろう。
 あれからずっと今日という日を──もう一度会える日を待っていたのだと。

標的37-38より。「実はヒバリたんのほうが先にディーノさんを見つけてたらいいなー」
…途中から、あきらかに捏造&妄想はいりました。
ちょっとおかしな文章にしてみましたが──それこそ心底どーでもいい。
ヒバディノっぽいけどうちはディノヒバサイトです。(ホントいいわけくさいよねー)