(されても構わなかったのに)

 足を負傷したヒバリが中山外科医院に運ばれてきたとき、ディーノはその場にいなかった。部下に怪我人を任せてリボーンに会いに行っていたのだが、用事を済ませて病院に戻ると、ちょうどヒバリが手当を受けようというところだった。
 ヒバリは治療用の簡易ベッドに、両足を前に投げ出して座っていた。大腿部にひと目で重傷と判る大きな裂傷が見える。制服は煤で真っ黒に汚れ、あちこちが裂けていた。ひどい有様だ。ディーノが部屋に入ってきたのはわかっているだろうに、顔を上げもしない。出迎えたロマーリオは苦笑している。
「命に関わるほどじゃなさそうだな……」
「ああ、それは大丈夫だ。死ぬような怪我じゃねえよ。だが、かなり出血がひどいぜ。とにかく血を止めねえとな。それに本人は平気な顔をしてるが、相当痛いと思うぜあれは」
「ならすぐに始めてくれ。後がつかえてるしな。パーティのクライマックスはかなり派手だったらしい。やってくれるぜ、ザンザスの野郎」
「それが、そうしたいのは山々なんだがなあ」
 元は廃業していたこの個人病院で怪我人の治療に当たっているロマーリオが、あれをどうにかしろ、というふうに背後のベッドを親指で示す。そちらに目を向けて、なるほど納得した。ヒバリの気性には慣れている部下が手を焼くはずだ。ディーノはロマーリオと顔を見合わせ、それとわからないようにため息をついた。
「恭弥」
 相手を刺激しないよう注意を払いながら、俯いているヒバリに静かに呼びかけた。そっとベッドに近づく。
「痛いだろ。ベッドに横になって足を出せ。すぐに治療を始めるから」
「来るな」
 怖い声だ。かなり気が立っている。ケガさえなければ飛びかかられているだろう。
「そうは言ってもな。近づかないと手当ができねえだろ。今は許せ。おとなしくして…」
「さわるな。近づいたら、ころす」
 席を外しているあいだに、雲戦のあとに起こった一部始終を師匠から聞かされた。ヒバリがどんな思いでいるかは容易に想像がつく。間違いなくはらわたが煮えくり返っているはずだった。
 できればそっとしておいてやりたかったが、怪我の具合を考えると甘やかしている時間はなかった。ヒバリの体格からすると出血量が多すぎた。ぐずぐずしていたら手遅れになってしまう。
「──くれるわけねえんだけど、じゃじゃ馬が」
 ヒバリがゆら…と顔を上げる。拒絶の表情。わかっている。手負いの獣は決して他人をそばには近づかせないものだ。今のヒバリはまさしくそれだった。手を出したら確実に攻撃してくる。わかっていた。
「だからって、それだけ血流してるやつを放っておけるか」
 ヒバリはディーノの腕を払い、きつい表情でトンファーを構えた。かまわずにさらに腕を伸ばす。予想どおりだ。物も言わずに、ヒバリはいきなりトンファーを振るった。黒光りする金属の先端が目前に迫る。この距離で狙われたらまず直撃は免れない。当たれば顎の骨くらいは簡単に持っていかれる。それでも避けなかった。ディーノは目を閉じ、奥歯を噛みしめた。
「──なんで、避けないの」
 トン、と頬にトンファーの先が触れた。勢いはなかった。ディーノが目の高さまで持ち上げられた細い手首を掴むと、ヒバリはあきらめたように体の力を抜いた。
「当てるつもりで攻撃したんだけど」
「じゃーなんで当てなかった? 覚悟はできてたぜ」
 ヒバリは言い返さなかった。ぷい、と横を向くその顔に怒りはみえない。呆れているのかもしれないが。
「バカじゃないの、あなた」
「そうかもな。だが」
 殴られてもかまわない。本気でそう思ったから。
「オレを殴って気が済むなら、顎の骨くらいくれてやるさ。ほかにお望みのものは? なんなら麻酔がわりに抱いててやろうか」
 ヒバリがいやそうに顔を顰める。
「絶対いらない。暑苦しいから。それよりさっきから貧血っぽくてクラクラするんだけど。気持ち悪い……」
「あったりまえだろ。そんだけ出血してんのに暴れるからだ」
「もうあなた、あっちいって。うるさい」
 降参のしるしにヒバリはトンファーを無造作に投げ出し、疲れたようにベッドに崩れ落ちた。
 ディーノが振り返ると、ロマーリオはすでに止血用の薬と包帯を抱えて後ろに控えていた。にやにや笑って目配せしてくる。じゃじゃ馬を手懐けたボスの手際を賞賛してくれているようだった。