はじめに

 世の中には『血統書付珍ペット品評会』なるものが存在するらしい。オレは今日、あるひとからそれをはじめて聞かされた。


 とある午後のことである。オレはそのひとが居候している沢田家へと向かっていた。恩ある師匠から「おまえに預けたいモノがある」と言って、直々に声を掛けられては無視するわけにもいかない。
 数人の部下を引き連れ閑静な住宅街の一角を訪れると、師匠はいつもの赤ん坊の姿でコーヒーをすすりながらオレを待ちかまえていた。
「ちゃおっす。よく来たな」
「ひさしぶりだな、リボーン。今日はなんの用だ?」
「おまえに折り入って頼みがあるんだ。難しい仕事だが、おまえならきっとできると思って頼むことにしたんだぞ」
「そいつはまたえらく仰々しいな。いったい何を頼もうって言うんだ?」
 イタリアン・マフィア界屈指のヒットマンであり、沢田綱吉通称ツナの師匠であるリボーンはまた、オレがキャバッローネ10代目を襲名する以前からの師でもある。黒スーツにオレンジのシャツ、ブラックタイにボルサリーノという子供にあるまじき洒落たスタイルの赤ん坊は、一見すると奇妙な姿にまるで違和感がない。不思議だが、彼にとってはこれが普通のことなのだ。
「今から話す。だが、見ればわかるぞ」
 そしてこの取りつく島のない紋切り口調も、いつものことだ。詳しく説明してくれる気はないらしい。
「それにしても、なんだよこの有様は。家光は託児所でも始める気なのか?」
 オレはあらためて沢田家のリビングルームを見渡した。前に来たときとかなり様子が違っている。あまり広くない平均的な日本スタイルの部屋中に新品のベビーベッドと、子供のオモチャらしきものが転がっている。沢田家に新しく子供が生まれたのかと思ったが、そんな話は聞いていない。
 しばらく待っていると、リボーンはまるで舌で味わうようにカップから立ち上るコーヒーの湯気を吸い込んでから、ゆっくりと言った。
「近いが、ハズレだぞ。品評会だ」
「品評会?」
 なんの?
 ──と、思わず問いかける寸前、今度はこちらの考えを見透かしたように遮られた。
「実は今度、世界中からめずらしいペットを集めてありとあらゆる能力や美を競う大会を、ボンゴレで主催することになってな。その栄えある第一回大会にこいつらのどれかを出そうと思って、育てているところだ」
「こいつら、ってことは、あんたのいうペットってのは、今ここにいるこいつらのことを指して言ってるんだな?」
「そういうことだ」
「──で? その珍ペットとオレにどんな関係が?」
 オレは部屋に通されたときから気になっていた三人組の顔を、ひとりひとり見回した。これらを愛玩動物と呼ぶどうかは見解の相違としておくとして、元気だけはよさそうだ。ぽかぽかと暖かい窓際で、短い手足をめいっぱい使って転げ回っている。ガラスをぶち破って外に飛び出さないかと心配になる。
「なあ、リボーン。あれら放っといたら、そのうちケンカになるぞ」
 言い終わらないうちに中の一匹が、仰向けでごろんと床の上にひっくり返った。一緒に遊んでいたもう一匹に転がされたらしい。
 とたんに大げんかが始まった。
「あーあ……言わないこっちゃねえ」
 先が七色に光るプラスティック製のダイナマイトを振り回す一匹の攻撃を、別の一匹がボクシングふうのミニグローブで必死に防いでいる。もう一匹はのんびりと他の二匹のケンカを眺めていたが、おもちゃのダイナマイトを持ったやつがそれ投げつけようとすると、すかさず手に持っていた竹刀でぼかりとやった。案の定、三ツ巴の抗争が勃発する。あたたかい午後の日射しが注ぐリビングは、一瞬にして騒がしい戦場に変わった。
「おいおい、あっぶねーな……。元気なのはいいけどなあ」
 オレの弟分である沢田綱吉が別の部屋から飛んできて、騒ぎのおさまらない三匹をまとめて抱きかかえようとした。オレの姿に気を取られた一瞬にそのうちの誰かに回し蹴りを食らわされ、ツナはぎゃっとうめいてひっくり返った。
「いてててて! こ、こんにちはディーノさん。うわ、やめろよう、いたいいたいいたいってー!」
「おうツナ、元気だったか。つうかなんだよ、情けねえな。ペットごときにやられてんじゃねーっての」
「そんなこと言っても、こいつらめちゃくちゃ凶暴なんですってばー!」
「あいつらの飼育係はすでに決まってるぞ。銀髪はシャマルに、黒いのは時雨蒼燕流の当代師範に、短毛のはコロネロに預けて、それぞれしつけの最中だぞ」
「シャマルう? あいつにペットの飼育なんかできんのかよ?」
 まーな、とリボーンが無表情に頷く。オレの知る限りシャマルはペットの、しかもガキの守りなどできる性格ではないんだが。どっちにしても師匠ができるというなら、それに関してはオレが口を挟む問題じゃない。
「そしておまえに頼みたいのは、あいつだ」
 リボーンの指がわずかに動いた。部屋の隅に置いてある小さなケージを指す。中に同じ種らしいのがさらにもう一匹。いったい何匹いるんだか。
「どうしてあいつだけケージから出してやらねえんだ? 狭いだろうに」
「あれは群れるのがきらいでな。他のやつらが団子になって遊んでると、必ずつぶしにかかるんだ。危ないから離してある」
「なるほど。かなりの問題児ってわけか」
「まーな」
「──」
 しかもツナがそっと息を飲んだところをみると、おそらくリボーンが言う以上に性格に難ありなのだと察しがついた。たぶん他の三匹とは比べものにならないほどに。
「あれが『ひばりきょうや』だ。どうだ、飼ってみるか?」
 ニヤリと笑って、見てみろという。素直に従ってケージの中をのぞき込み──オレは目を瞠った。
 そこには、世にも奇妙な生き物が手足を丸めて横たわっていた。

update: 06.11.7